九州大学などの研究グループは、江戸時代に落下したとされる隕石の小片を初めて詳細に分析した。この隕石はこれまで、200年前(1817年)に現在の八王子市中心部に落下した「八王子隕石」ではないかと考えられていた。

 この八王子隕石については当時の日記などの史料に多くの記録が残されており、約10kmの範囲に、長さ1m程度のものを含む多くの破片が落下した隕石雨(隕石シャワー)だったことが分かっている。
隕石の一部は江戸幕府勘定奉行所に届けられたが、その後すべて散逸。1950年代に、京都の土御門家の古典籍の中から、約0.1gの隕石小片が「隕石之事」と書かれた紙包みの中に発見された。八王子隕石と曽根隕石(1866年に京都府に落下した隕石。京都府所蔵)について書かれたそれぞれの紙も入っていたが、いずれの隕石かの判定はこれまでの技術では困難であった。

 研究グループは今回、「はやぶさ」が持ち帰った粒子の分析にも用いられた最新の技術で分析した。隕石の小片(116.1mg)から、20.0mgを割りとり、研磨薄片を作成し、光学顕微鏡による組織観察および電子線マイクロアナライザによる鉱物組成の分析を行った。また、別の0.7mgを用いてX線回折装置による分析を、5.4mgを用いて希ガスの分析を行った。比較のため、曽根隕石に対しても同様の分析を行った。

 組織観察と鉱物組成の検討の結果、分析した隕石小片は「H5普通コンドライト」と呼ばれる種類と判明したが、曽根隕石との違いは確認できなかった。

 八王子隕石は数多く降り注いだとされており、隕石の一部が今も八王子市内の旧家などに残っている可能性がある。研究チームは今後広く一般に呼び掛けて、八王子隕石の発見と分析を進めるとしている。

九州大学

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大学ジャーナルオンライン編集部

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