人類が未来に目指すべき道は、古代ギリシャや古代ローマの市民のように、労働は古代の奴隷の代わりをする機械に任せて、人間は学問やスポーツ、趣味を楽しみながら豊かな生活を送る社会です。

乗り遅れた国が後進国になる

 どの未来が実現するのかは国家的な重大事です。しかし残念なことに、日本は極めて遅れています。超知能実現に向けて、グーグル、フエイスブック、マイクロソフト、IBMなどのアメリカの大企業は合計で年間約1兆円を投じています。EUの「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」※1が10年で1600億円。アメリカ政府の「ブレイン・イニシアチブ計画」※2が年間100億円以上を投じます。それに対して、日本は3年で10億円というお粗末さでした。グーグル1社にすら負けています。アメリカ大企業:欧米政府:日本=1000:100:1。これでは勝てるはずがありません。今年、文科省が100億円の予算申請をしましたが、まだ100対1です。日本は、このままでは沈没してしまいます。

 文明を作っているのはモノとエネルギーと情報ですが、古代や中世の文明では、もてる物質によって優劣が決まっていました。250年前に産業革命が起きて、エネルギーに革命が起き、現在は情報に革命が起きる第二次産業革命とでも言うべき状況です。かつて産業革命に成功した国は、世界の先進国になりました。第二次産業革命でも同様に、それに乗った国は先進国になり、乗り遅れた国は発展途上国になるでしょう。

日本発のシンギュラリティ技術を

 私は、予算が限られた状況であっても、日本から技術革命を起こそうと「シンギュラリティを語る会」を主催し、国内の「プチ天才」を結集させるべく活動しています。日本人口1億人の0.01%(1万人)ぐらいはプチ天才がいると見積もっていて、彼らを集めて、知恵を結集すれば、色々なことができるはずです。

 前々回の講演者・齊藤元章さんは、医師から一転して、エクサスケール・コンピュータ(2011年世界1位の「京」の100倍の能力のコンピュータ)※3を2020年までに開発しようとしています。彼の設計するコンピュータは、通常の空冷式のスーパーコンピュータと異なり、液体の中に浸されています。消費電力が少なく、1ワット当たりの性能で、昨年の段階で世界2位、今年は1位から3位まで独占しました。

 さらに、人間の脳を模したコンピュータも構想していて、大脳のニューロン100億、シナプス100兆を模した、100億の計算コアと100兆のインターコネクトを持つマシンを作ろうとしています。完成すると、その計算能力は人間の脳の比ではありません。コンピュータの方が1000万倍以上速いからです。

齊藤元章さんが開発した水冷式スーパーコンピュータ

齊藤元章さんが開発した水冷式スーパーコンピュータ

 

激動の時代の主役は若者

 幕末や明治維新の時代、維新の志士は何十人、何百人も出ています。戦国時代にも英雄が輩出しました。同様の人材は、他の時代でもいたはずですが、泰平の世の中では秩序があって抑えられていたわけです。

 今はまだ秩序がありますが、そのうちに経済危機という黒船が来て大混乱になるでしょう。幕末の混乱期に、将軍や公家、大名があまり役に立たなかったように、今後の動乱期に、政府や官僚、大企業にあまり期待はできません。時世の権威が駄目になったとき、活躍するのはいつも若者なのです。私も若者と一緒に走るつもりです。

※1 人間の脳をスーパーコンピュータで再現するプロジェクト
※2 人間の脳の働きを徹底的に解明しようというプロジェクト
※3 エクサは10の18乗(100京)。1秒間に100京回の浮動小数点数演算ができるコンピュータのこと。

 
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神戸大学名誉教授
松田 卓也先生
1943年生まれ。理学博士。神戸大学名誉教授、NPO法人あいんしゅたいん副理事長、中之島科学研究所研究員。京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻博士課程修了。
京都大学工学部航空工学助教授、神戸大学理学部地球惑星科学科教授、国立天文台客員教授、日本天文学会理事長などを歴任。2045年問題に危機感を抱き、日本からシンギュラリティを起こそうと「シンギュラリティを語る会」を主催する。
著書に『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』(廣済堂新書)、『正負のユートピア――人類の未来に関する一考察』(岩波書店)、『これからの宇宙論――宇宙・ブラックホール・知性』(講談社ブルーバックス)など。
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大学ジャーナル編集部

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