筑波大学大学院生命環境科学研究科の古久保-徳永 克男教授と大学院生で日本学術振興会 特別研究員(DC1)の本多隆利らは、遺伝子組み換えショウジョウバエを作製し、光や熱で神経回路を直接活性化することにより、生きた個体の脳内に人工的に報酬記憶を形成させることに成功。異なる情報を連合して学習する脳内の神経回路メカニズムを解明した。
パブロフの犬で知られる「連合学習」では、動物は、学習行動を引き起こす外部からの刺激(条件刺激)と、先天的反応を引き起こす刺激(無条件刺激)を関連付け、その記憶をもとに条件刺激から無条件刺激の存在を予測できるようになる。このような古典的条件付けは動物界で広く報告されているが、連合学習行動がどのような神経回路に基づいて織り成されているのか、その包括的な理解はこれまで達成されていなかった。
そこで今回の研究では、光遺伝学(オプトジェネティクス)と熱遺伝学(サーモジェネティクス)と呼ばれる最先端の技術を組み合わせることで、匂いを伝える神経回路は光で、報酬を伝える神経回路は熱によって操作できる遺伝子組み換えショウジョウバエを作製。その幼虫をモデルとして連合学習行動を支える神経回路の同定を試みた。
実証した結果、作成した遺伝子組み換え幼虫に光や熱という物理的な刺激を与えて神経回路を同時に活性化させると、人工的に連合記憶が形成されていることが判明。これまで理論的に提唱されてきた連合記憶の神経回路が、実際に生きた個体の脳内で機能していることを実験的に示す成果となった。
この研究では、連合学習を支える最小の機能的神経回路ユニットの同定に成功しており、昆虫からヒトに至るまで、生物種を超えて保存された高次行動「学習・記憶」を制御する神経回路を単一の神経細胞レベルでアプローチできる新たな技術として期待される。
また、この実験手法は神経回路を直接活性化するため、条件付けに要する時間の大幅な短縮が実現したことで、従来の行動実験系を飛躍的に改良することができたという。 このような手法は、学習記憶機能に障害をもたらすと推測されるリスク遺伝子等の行動学的解析や、効率的なドラッグスクリーニング等への応用も可能と考えられる。