昆虫は記載種だけでも100万種を超えるほどの多様性を誇り、陸上ではあらゆる環境へと適応して地球で最も繁栄している生物ともいわれている。しかし、不思議なことに、海洋環境に適応している種の数は非常に少ない。
昆虫はなぜ海にいないのか?この疑問に対し、「海水に適応できない(浸透圧、塩分)」、「水圧で気管が壊れる」、「捕食圧の高さ(魚の存在?)」など様々な仮説が提唱されてきたが、いずれも昆虫生理学的に説得力があるとはいえないまま、未だ活発な議論が続いている。
今回、東京都立大学と杏林大学の研究グループは、昆虫が海にいない理由について、節足動物である昆虫にとって重要な体構造である「外骨格」に着目した新仮説を提示した。それは、元々は海にいた甲殻類の一部が陸上環境へと進出し、やがて昆虫に進化する過程で、マルチ銅オキシデース2(MCO2)と呼ばれる昆虫独自に進化した酵素と酸素分子を用いて外骨格硬化を行うようになった、とする本グループの理論に関係がある。酸素を利用して外骨格を硬くする昆虫の形質は、酸素が豊富な陸上環境へ適応する過程では有利だったが、陸上(空気中)と比較して30分の1しか酸素が含まれない水中への再進出に際しては、一つの障害となっている可能性があるというのだ。
対照的に、昆虫に近縁で、同じ生息環境を巡って競合する関係にあると考えられる節足動物の甲殻類は、海水に豊富に含まれるカルシウムを利用して外骨格を硬くしている。カルシウムによって作られる頑丈な外骨格を持つ甲殻類は、海水中で優勢を誇り、海水中で外骨格を効率よく硬くできない昆虫が海へと再進出することを困難としていることが考えられるとしている。
外骨格を硬くするメカニズムに関連づけ、昆虫が海にほとんどいない理由の説明を試みた本研究は、ゲノム情報・分子進化学的知見を組み入れた考察により、過去の研究・仮説に見られない独自性の高い新仮説として、海洋昆虫学者からも肯定的な反響を得ているという。