早稲田大学教育・総合科学学術院/ウェルビーイング&プロダクティビティ研究所所長の黒田祥子教授と同学術院の大西宏一郎教授の研究グループは、みずほ銀行の匿名データを用いて、景気の変動とギグワーク就業の関係を初めて実証的に検証した。

 早稲田大学によると、インターネット上のプラットフォームを通じて、短期・単発の仕事を個人が請け負う働き方を「ギグワーク」という。配達や家事代行、ライドシェアなどが代表例で、プラットフォームを介したギグワークは世界的に拡大している。

 日本でもフードデリバリーを中心としたギグワークが急速に広がったことから、どんな人が何のためにギグワークに参入するのかアンケートや税務データを用いた分析が進められてきた。しかし景気変動や資金状況との関係を時系列で詳細に追跡することは困難であり、日本におけるギグワークの実態や社会的役割の全体像は十分に把握されていなかった。

 本研究では、みずほ銀行の匿名加工済み銀行口座データを用い、2016年から2021年にかけての個人の預金残高と収入の動きを時系列で分析した。その中で、フードデリバリー業者などからの入金履歴でギグワーカーを識別し、就業前後の資金状況や労働継続状況を可視化した。

 分析の結果、フードデリバリーで働くギグワーカーの多くが若者や男性で、就業の数カ月前から預金残高が徐々に減少している人が多かった。ギグワーク開始時点で預金残高が10万円未満だった人はコロナ禍前で7割を超えていた。コロナ禍で景気が悪化した2020年以降は、新たに未経験の中高年層や女性、比較的流動性に余裕のある層も参入していた。

 ギグワークの継続率は低く、開始から1か月後には約3~4割が離脱していた。また、ギグワークの開始によって月あたり平均3~4万円程度の所得が補填されていたことが確認された。これにより、ギグワークは所得や預金の状況に応じて柔軟に活用される就業手段であり、手元資金に余裕がなくなったときの“緩衝材”としての役割を果たしていることが分かった。

 研究グループは、ギグワークは生活にゆとりがないときにも自分の裁量で働ける選択肢があることが多くの人に安心をもたらすとして、今後の就業支援や社会保障制度の設計において、こうした柔軟な働き方をどう位置づけるかが問われていると指摘している。

 特に高齢化社会においては、フルタイム就業を避けたい高齢者にとって、ギグワークが柔軟な働き方の選択肢となり得る。今後は地域差・季節性・就業継続性などを踏まえた分析を進め、介護・家事代行・教育など他分野への展開や、高齢者のニーズに即したギグ市場の設計など研究が求められる。

論文情報:【Journal of The Japanese and International Economies】Digital labor platform under the boom and bust: Bank account data insights

大学ジャーナルオンライン編集部

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