大脳は、運動制御、言語処理、視覚情報処理などといった機能ごとに、異なる領域に分かれている。遠い領域間は、神経細胞の一部である「軸索」が束状になった組織でつながっており、これを介して情報をやりとりしている。
今回、東京大学生産技術研究所の池内与志穂准教授らは、ヒトiPS細胞を使って、離れた2つの大脳の領域を軸索の束でつないだ構造を模倣した、人工的な大脳組織を作製することに成功した。
研究グループはまず、ヒトiPS細胞を大脳神経に分化させ、2つの丸いチャンバーとそれをつなぐ細いチャネルからなるマイクロデバイスの両側に1つずつ配置して培養した。デバイスに配置してから10日目頃になると、それぞれからチャネルの中に多数の軸索が伸長した。25日目頃になると、チャネル内の軸索が束状の組織となり、2つの人工大脳組織がつながった組織を作製することができた。
片方の大脳組織を電気的に刺激すると、もう片方の大脳組織でも信号が検出されたことから、2つの大脳組織間で情報のやりとりが行われていることが確認された。これにより、今回作製した組織が、大脳の離れた領域間で情報を伝達する様子を模倣することがわかった。
次に、軸索束の疾患を引き起こす原因遺伝子であるL1CAMの機能を欠損させて解析を行ったところ、軸索束の形成効率が大きく低下することがわかった。このことから、今回作製した組織は、生体内の脳組織と同様のしくみで軸索束が形成されており、疾患のモデルとしても有用であることがわかった。
本研究成果の人工大脳組織は、生体内の現象を単純化したモデル実験系として、大脳内の神経回路や、関連する疾患の克服に向けた研究に活用されることが期待される。
論文情報:【iScience】A human iPS cell-derived tissue model of a cerebral tract connecting two cortical regions