2つ以上の遺伝的に異なる細胞によって構成された生物をキメラと呼ぶ。東京大学医科学研究所の中内啓光特任教授らのグループは、胚盤胞補完法という手法でヒトと異種動物間のキメラを作出し、異種動物体内にヒトの臓器を作製して移植治療に用いることを目指しているという。
これまでに膵臓欠損マウスの体内にラット多能性幹細胞由来の膵臓を作製することには成功しているが、遺伝的距離が離れた動物種間では成功に至っていない。この一因として、ドナー細胞由来の臓器を異種体内で作製するには、ある一定以上のドナー細胞のキメリズム(ドナーキメリズム:ドナー細胞のキメラ体内での割合)が必要である一方、高いドナーキメリズムは異種キメラ胚の初期発生を妨げ、胎生致死を誘導してしまうという問題があった。
初期発生を妨げずにドナーキメリズムを上昇させる手法の開発を目指し、本研究では、キメラ胚のホスト細胞において、肺発生後期から細胞の増殖・分化に重要な役割を持つインスリン様成長因子1受容体(Igf1r)を欠損させることで、ドナー細胞が優位に増殖・分化する微小環境(細胞競合ニッチ)の誘導を試みた。その結果、通常のキメラ個体ではドナーキメリズムが発生過程で一定であるのに対し、細胞競合ニッチではドナーキメリズムが発生に従い上昇し、成体ではほとんどドナー細胞で構成された臓器が誘導されることがわかった。マウスの同種キメラ胚およびマウスとラットの異種キメラ胚の両方において同様の結果であり、胚発生後期からドナーキメリズムが上昇することから、異種キメラ胚の初期発生を妨げないこともわかった。
これまで困難であった、高いドナーキメリズムを持つ異種キメラ作出を実現しうる手法を開発したことにより、今後、中内特任教授らが挑む、異種動物体内でのヒト臓器再生研究への応用展開が期待される。