約半数の昆虫に感染しているとされる共生細菌「ボルバキア」。感染している宿主の雌の卵に入り込むことで次世代へと伝わっていき、雄の宿主から伝搬することはない。ボルバキア菌は感染した雌が繁殖する上で有利になるべく、雌の単為生殖や、非感染の雌との交尾で受精が起こらないようにするなど、さまざまな戦略で宿主を操作するといわれている。しかし、なぜボルバキア菌にこのようなことができるのかは不明だった。
東北大学の山元大輔教授、大手学研究員らは、ボルバキア菌のDNA断片を不妊のショウジョウバエで働かせることで感染と同様の効果を起こし、宿主操作の仕組みを解明。研究成果は、米科学誌「Current Biology」オンライン版に掲載された。
ショウジョウバエのもつ突然変異体の一つにSex-lethal (Sxl)変異体がある。これは卵を作る細胞が卵巣から失われ、卵ができなくなるものだが、これがボルバキア菌に感染すると卵が再び作られるようになることが知られている。
同研究グループでは、ボルバキア菌が持つ約1200個の遺伝子のうち、どれがこの作用を引き起こすかについて研究を行った。まずボルバキア菌のDNAを断片化し、ショウジョウバエの正常な雌の卵巣の生殖幹細胞で働かせたところ、機能を失わせるものが1種類発見された。このDNA断片を不妊のSxl変異体の雌で働かせた結果、失われていた生殖幹細胞が復活したという。つまり、このDNA断片だけで、ボルバキア菌の宿主操作を再現できたことになる。
このDNA断片に入っていた遺伝子を研究グループでは「TomO(友)」と命名。研究を進めるうち、TomOから作られる「TomOタンパク質」がボルバキア菌から分泌され、宿主のnanosという遺伝子に働きかけてNanosタンパク質を増やし、生殖幹細胞を復活させることが明らかになった。
TomOのかわりにNanosタンパク質を過剰発現させると、やはりSxl変異体に生殖幹細胞が復活することもわかっている。Nanosは哺乳類の生殖幹細胞を維持する働きをもつことから、本研究成果は細菌による宿主操作の機構解明だけでなく、TomOを用いた哺乳類の生殖機能向上につながる新しいアプローチを示すものだ。