東京大学の研究グループは、指が5本に保たれるために重要なソニック・ヘッジホッグ(SHH)タンパク質の濃度勾配の形成原理を初めて明らかにした。
SHHタンパク質は形態形成因子(モルフォゲン)の一つで、発生の初期段階において組織内に濃度勾配を形成することでその濃度が言わば座標となり、生体内で器官の形態を決定づける役割を果たしている。
今回、本グループは、細胞内で物質の輸送を担うキネシン分子モーターであるKIF3Bの機能不全マウスでは、胎児期の四肢の原基である体肢芽においてSHHタンパク質の濃度勾配が崩れ、多指症となることを偶然見出した。通常マウスの体肢芽のSHHタンパク質は、中心部において集合体として存在し、外縁部において小粒子として拡散されているのに対し、多指症マウスのSHHタンパク質は、体肢芽全体で(中心部でも外縁部でも)小粒子として拡散していたという。
このSHHタンパク質の異なるふるまいについて、PI3Kシグナル伝達が関与していることを突き止めた。通常は、KIF3BがPI3Kシグナルを終結させる酵素(Talpid3)を運び活性化することで、体肢芽の中心領域ではPI3Kシグナルが減弱し、SHHタンパク質は集合体にとりこまれる。しかし、KIF3B機能不全マウスにおいてはTalpid3の輸送不全によってPI3Kシグナルが賦活するため、SHHタンパク質は細胞外に放出されて拡散するという。
本メカニズムをもとに、研究グループはSHHタンパク質濃度勾配形成の“陸上競技場モデル”を提唱した。体肢芽は外縁部の「走路」と中心部の「砂場」の二層からなるトラックとみなせる。PI3Kシグナル強度は、走路では高いが砂場では低く、砂場にはSHHタンパク質を細胞内にトラップするしくみが生じる。SHHタンパク質は走路を進むうち砂場に少しずつトラップされていくので、SHH濃度勾配が作られると説明した。
SHH濃度勾配がいかにしてできるかの解明は、ヒトの体がどのように作られるかという根本原理にもつながる成果である。また、SHHタンパク質の分泌制御機構は、抗がん剤の開発など種々の臨床への応用も期待されるとしている。