最近、「探究型学習」が重視されているそうですね。読者である高校生のみなさんの学校でも実施されていることでしょう。筆者は詳しくないですが、スーパーサイエンスハイスクール(以下、SSH)制度の波及効果ということでしょうか。生徒が何か課題を見つけてそれについて意見交換しながら答えを検討し発表をするという、研究に似た一連の活動を言うそうです。これはこれで結構なことだと思います。各々の関心や問題意識を基に調べまとめ発表するのは、いい訓練になるでしょう。
一方で気になることもあります。これは本当に「探究」なのかと。
何か対象を定めてそれについて調べ、まとめることは「調査」です。図書館で書物や図鑑、あるいはインターネットで検索すれば大抵のことはわかるでしょう。実験や観察という手法を導入しようが、教師がティーチャーではなくファシリテーターとして関与しようが、それはそれなりに調べ方や議論の仕方、発表の仕方といった「やり方」を学ぶには効果的でしょう。しかしこれに留まるのなら「調査型学習」と定義したほうが良さそうです。もちろん、調査型学習でも大きな意味があり確実な成果が得られることとは思いますが、探究という言葉を使っている以上、それはやはり探究であってほしいと思います。
では、調査と探究とはどう違うか。それは探究という言葉の字面が想起させるように「深いかどうか」ということになるでしょう。ちょっと調べてみると、ほんとうの探究型学習においては概念(コンセプト)を考えることが大事であるとありました。例えば、ある文学作品の人物描写について研究するなら、それを多角的に理解できたということに留まるのではなく、そもそも文学とは何かといったように、議論の抽象度を上げることが大事とのことです。その点において調査型と探究型は違うらしいのです。私はこれに同意はするものの、まだもの足りないと感じます。概念化することは「探究」とはやはり違う。個別課題についてその概念まで考えるというのは、抽象度が上がっただけ、議論を概念化させただけであり、「深く究める」のとは違うのではないかと。
では、「何が探究か」と言えば、私は「深く己の問いを究めること」としたいです。一般的に、何かについて知りたい、物事の本質について見極めたいとすれば、得られる知識はどんどん詳しくなっていくと思われています。が、これは本質ではありません。知識が詳しくなっていくと言うよりむしろ、問いが問いを呼び、それがどんどん連なって問いが根源に迫っていく… 根源的な問いとはつまるところ、己はなぜ存在するのかといった、自分の生き死にに繋がるようなものです。そういう領域に達してはじめて、探究と呼べるものになるのではないかと思うのです。
そういう意味での探究は、中学や高校では無理!という声が聞こえてきそうです。しかしそう考えることこそが現在の探究型学習の重要な欠陥ではないかと思っています。ほんとうの探究…その領域で思考することは、長年に亘って人生をかけなければならないことでもなければ、知恵熱が出るくらい考えつめなきゃいけないことでもありません。現在4歳の次男がいつも私に問いかけているようなこと、「おとうさん、宇宙は誰が作ったの?」といったようなことですから。
結局のところ、調査型学習だろうが探究型学習だろうが、日常的な授業だろうが、どのような学習においても、すべてこのような根源的な領域に通じるもの、あるいはしみじみとその普遍(=もののあわれ)に想いを馳せるものでなければ学ぶ意味はこれっぽっちもないのです。いずれ死ぬ人間として、生(=存在)について考えることほど重要かつ実践的なものはないはず。「学ぶ」ということは本来そういうことであり、「学ぶ」ということがそのまま「生きる」ことなのです。学校の授業ないしは勉強が、受験のための暗記になりがちであったにしても、まるで自分をみつめるもう一人の自分のように、今暗記しようとしている内容は、実は自分やこの世の存在に繋がっているのだと感じ入ることができるなら、きっとそれは一生ものの素晴らしい学びであると言えるのです。
最後にもう一度繰り返しますが、日々の授業がそうでなくてどうしますか。探究型学習と名付けて何か特別なことをするよりも、日常が変わる方がより大切で実践的にきまっています。日々の講義がすべてほんとうの意味で探究であるよう、あるいはせめて少しでも探究の精神が匂いたつよう、教員は頑張るべきですし、学習者もまた、そのような教員、すなわち点数獲得や効率的暗記のテクニックの伝授に優れた教員ではなく、人生とはなんたるかを感じさせる教員を讃えたほうがいいのではないかと思うのです(続く) 。
学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生
1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。
2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。