匂いを感じた時、ヒトは「快・不快」、「好き・嫌い」という情動的な反応を示す。匂いに対する情動的な反応は、遺伝的な要因によって先天的に決定されるケースもあれば、経験や学習によって後天的に調節・決定されるケースもある。しかし、先天的・後天的な情動反応が一致しない匂い、すなわち「良い香りだけど嫌い」もしくは「悪い臭いだけど好き」と感じる匂いについての調査が行われたことはなかった。
九州大学基幹教育院の岡本剛准教授とシステム生命科学府一貫制博士5年の濱川昌之大学院生は今回、匂いに対する情動反応を評価する軸として、「快・不快」を直感的・本能的な情動反応、「好き・嫌い」を経験的・獲得的な情動反応を評価する軸として設定し、36種類の匂い物質に対して嗅覚認知実験を行った。
その結果、「快・不快」と「好き・嫌い」が一致した匂いでは、匂いの強度が強まるほど匂いの言語表現(フルーツの香り、アーモンド臭など)が一意に定まる傾向が見られた。一方で、「快・不快」と「好き・嫌い」の評価が一致しない匂いでは、強度に関わらず匂いの言語表現が定まらない傾向が見られた。
本研究により、本能的な「快・不快」と経験的な「好き・嫌い」の一致・不一致が匂いの言語化に影響することが示唆された。匂いの感覚情報は、情動に関する偏桃体や記憶に関する海馬でも処理されていることがわかっているものの、その詳細な仕組みはまだわかっていない。本研究成果によって今後、脳内における匂いの情報処理や言語化のメカニズム解明が進展することが期待される。