高等学校学習指導要領解説「総合的な探究の時間」「理数探究」の中では、「探究を通して学んだことと他者理解とを結び付けながら自分の将来や進路について夢や希望をもとうとする」「探究の意義を理解させるとともに、生徒の進路や在り方生き方などに肯定的な影響を与えるよう指導する」という目標が記載されています。では、実際の現場ではどのように活かされるのでしょうか。今回は、私の経験から、探究活動が進路意識に影響を及ぼした事例を3例紹介します。

 

CASE1 「勉強」→「研究」へ

 今から15年ほど前、私が前任校に赴任したばかりの頃。当時、その学校では生物部は部員がおらず休部状態でした。ある日3年生のAさんが、私が博士号教員であることを聞きつけ、「生物の研究をしてみたい」とやってきました。その後、2年生2名も加わり、「生物部」の活動が始まりました。

 Aさんは食品や栄養に興味があることから、「緑茶の抗菌作用」というテーマを設定し、民間の研究助成に応募して実験器具を揃え研究が始まりました。生徒たちは実験手技を習得するとともに、どのように実験条件を設定すれば良いのか、議論しながら試行錯誤をくり返して研究が進んでいきました。

 「面白い結果も出たので、発表しよう」、私はそう言って、ある学会のジュニア部門への参加を提案しました。ただ、その学会はポスターでの発表で、A0サイズのポスターを印刷できる大判プリンターが学校にはなく、やむなく家庭用A4プリンターで手作り感満載のポスターを完成させました。

 旅費も節約するために秋田-東京往復0泊3日の夜行バス弾丸ツアー。勢いと創意工夫で参加した初めての学会発表でした。

 「他の学校、大きいポスターばかりだ」「テカテカのきれいなポスターの学校もある」と不安になる生徒たち。「重要なのは見た目ではなく研究の中身だ」と励まして発表は始まりました。

 発表時間中は生徒たちに任せ、後から様子を聞くと、「審査員の先生が、『面白い研究だね』と言ってくれました」「説明していると途中からハイになってきて楽しかったです」と生徒たち。それだけで十分な収穫だと思っていたら最優秀賞を受賞しました。試行錯誤して組み立てた条件設定がしっかりしていたことが評価されたようです。

 研究を始める前は、「食品や栄養について『学びたい』」と、教育学部の家庭科コース志望だったAさん。探究活動を通じて、新しいことを発見する「研究」をしたくなり、「食品や栄養の分野って農学部にもあるのですね」と言って機能性食品の「研究」をするために、農学部に総合型選抜で進学しました。

CASE2 文系理系の間に壁はない

 現任校の生物部でBさんが突然変異の研究を始めて半年が経った頃の話です。共同研究先の大学の研究室を訪問し、大学の先生や大学院生たちと研究についてディスカッションしていました。私はBさんに、学会発表の練習を見てもらったらどうかと提案しました。すると、練習もしておらず自信がないと言っていたBさんでしたが、プレゼンは完璧で、研究を十分理解していることがよく伝わりました。修士学生からの質問にも完璧に答え、交代した准教授の先生とも対等にディスカッションして一同を驚かせました。

 帰り際に「あの子はうちの研究室にすぐにでも欲しいね」と言われるほどでしたが、学校のコース選択では「文系クラス」を選んだBさん。小さい頃から本が好きで、「文学部に行って文学の研究をしたい」からとのことでした。

 文系クラスに進んだ後も「面白いから」と生物分野の研究を続けたBさん。常に最新の論文にも目を通して知識を更新していました。論文が掲載される科学雑誌も電子化が進んでおり、Bさんが小さい頃から馴染んできた「紙の本」の役割は減りつつありますが、「紙の本の文化の新しい方向性を打ち出すことはできないか」と、本の装丁を芸術に昇華したルリユール文化に着目。「本のあらゆる要素を総合芸術として昇華したい」と考え、文学部の中でも美学や芸術学の分野に志望を定めました。研究計画作成や面接におけるプレゼンテーションやディスカッションでは、それまで生物部の探究活動で培ってきた能力を発揮し、学校推薦型選抜で進学しました。

 理系・文系に境はありません。大事なのは興味のあるものを探究するという姿勢であり、その経験は異なる分野での探究に必ず活きてくるのです。

CASE3 研究は嫌い→研究したい!

 本校の理数科には、2年次から希望する生徒が進学します。理数科では「理数探究」という授業があり、理数系分野のグループ研究を行います。私が担当する生物班のリーダーになったCさん、リーダーになった理由を聞くと、「他のメンバーは忙しそうなので仕方なく引き受けました」という消極的なものでした。

 当初、データ処理等で不慣れな様子だったCさんですが、数日後に変化がありました。「この薬剤の濃度はグラフから判断すると〇mg/mLが良いと思うのですが、先生はどう思いますか?」とデータを見せに来たのです。「その通りで良いと思うよ。いつの間にかデータ整理できているね。誰かにグラフの作り方を教わったの?」と聞くと、「自分で色々試したらできました」。そして次にこの化合物も試してはどうかと提案もしてきました。

 「面白そうだね。どうやって思いついたの?」と聞くと、「論文を色々読んでいたらこの化合物は条件に合うかなって」と答えました。

 Cさんは突然、研究熱心になっていたのです。聞いてみると、Cさんは始める前は研究を面倒そうだと感じてやりたくないと思っていたとのことでした。しかし、やってみると、新しいことを発見する研究の楽しさに目覚めたのです。

 3年生になったCさんがある日、相談に来ました。「何となく人の役に立てたら良いなと思い、将来は漠然と臨床医になりたいと思ってきたのですが、研究がしたいです。できれば世界中の研究者と一緒に」と。

 「どんな研究をしてみたい?」と聞くと、「がんに関する基礎医学の研究で新しい発見をし、研究医として、世界中の人の役に立ちたい」とのことでした。「無謀でしょうか?」という問いに「やってみよう!」と私は答えました。
Cさんは研究への情熱とその卓越した研究能力が評価されて、学校推薦型選抜で進学しました。

まとめ 探究活動と大学入試

 学校推薦型選抜や総合型選抜では、ペーパーテストだけでは評価できない「その学問分野への適切な理解や意欲・能力適性」を総合的・多面的に評価します。どのような意欲や能力を評価するのかは大学や学部・学科によって様々です。研究者や各分野のリーダー養成を目的に、探究活動を通して抱くに至った将来像や、身に付けた能力を評価する大学もあり、新しい時代を切り拓いていく人材育成の一翼を担うという意味で、一定の意義があると思います。もちろん従来のペーパーテスト重視の一般選抜でも、出題内容の工夫で様々な能力を評価することができますので、二つをバランスよく適切に活用し、多様な人材を選抜して教育していくことが大学には求められています。

 探究活動だけでなく他の課外活動についても言えることですが、入試のために打算的に取り組んでも、長続きしなかったり、望ましい能力の伸長に繋がらなかったりすることも往々にしてあります。高校教員を含む周囲の大人たちは、その点を十分に理解し、探究活動という教育プログラムを通して、新しい時代を担う人材を育成していきたいものです。

秋田県立秋田高校 教諭 博士( 生命科学)

遠藤 金吾さん

東北大学農学部卒業。東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生命科学)取得。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より、秋田県の博士号教員。2016年より、現任校(秋田県立秋田高等学校)に勤務。専門は「DNA修復と突然変異生成機構」。埼玉県立川越高等学校出身。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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