名古屋市立大学と静岡大学の共同研究グループは、大腸菌の栄養が欠落した環境下と豊富な環境下において、X線照射による殺菌率が変動することを世界で初めて明らかにした。
放射線殺菌技術は、細菌や微生物のDNAや細胞構造を破壊することにより、医療器具、薬品、食品材料などを殺菌・滅菌する手段として不可欠な技術である。従来、この放射線殺菌技術では、照射線量(単位時間当たりの放射線量[線量率]×照射時間)が同じであれば殺菌率は同じである、と考えられてきた。
しかし今回、大腸菌を用いた実験で、この定説が成立しないことを実証した。照射線量が同じでも、大腸菌の栄養が欠落した環境下では、低い線量率(低強度X線)で長時間殺菌した方が殺菌効率が大きく、大腸菌の栄養が豊富な環境下では、高い線量率(高強度X線)で短時間殺菌した方が殺菌効率が大きくなるというのだ。
この新たなX線殺菌メカニズムは、数学の最先端手法である確率微分方程式を用いた解析で理論的に説明可能となった。従来考えられていた、線量率に比例する殺菌効果と細菌の増殖効果(豊富な栄養環境下で出現)に加えて、線量率に非線形的に比例するパラメーター(線量率が高いと弱くなる効果)を確率微分方程式に導入することによって、細菌内での活性酸素の生成・消滅過程を記述することができる。X線照射により細菌内では活性酸素が生成され、細菌のDNAや脂質層を破壊するが、高い線量率のX線を照射すると大量の活性酸素が生成されるため、活性酸素同士が結合して無害化し、殺菌効果が薄れてしまうという。
本研究により明らかとなった、従来の定説を覆すX線殺菌結果は、2022年に紫外線でも報告されており、殺菌メカニズムは異なるものの、確率微分方程式を用いた解析手法で統一的に取り扱うことも可能となった。
この成果は、放射線殺菌技術における最適な滅菌条件の設定や、最適な放射線照射条件を精確に計算することに役立ち、従来よりも信頼性があり、かつ体に負担のかからないやさしい放射線治療の実現に貢献するものと期待される。