保育や幼児教育の専門家を育成する、和洋女子大学人文学部こども発達学科。実践的なカリキュラムはもちろん、教員の専門性の高さや人柄も魅力的だ。学生のみならず、保育士やチームリーダーの人材育成にも積極的に取り組んでいるのが、こども発達学科の矢藤誠慈郎教授。保育の質を高める方法や、学生たちと接するときに意識していることなどを伺った。
組織マネジメントは保育の質に直結する
大学院時代は教育経営学を専攻し、教育現場の組織マネジメントを研究した矢藤先生。挨拶の有無や教員同士の会話など、インフォーマルなコミュニケーションが組織の雰囲気を醸成し、教育の質を左右することを学んだ。その後保育所の実習などを担当するうちに、保育現場では組織マネジメントが注目されていなかったことに気づいたという。
「組織マネジメントを導入すれば、もっとよい保育や組織作りができると思いました。日本ではここ20年ほどで待機児童が増加し、保育士の養成校も急増しました。そうした状況が落ち着いてきたとはいえ、裾野が広くなった分さまざまな人が保育園や幼稚園で働いています。そのような中で子どもの利益をきちんと保障しなければなりません。そのためには保育士たちがチームとなって、強みを活かしたり弱点を補ったりする必要があるでしょう。多様な背景を持つ人々を育てるために、組織マネジメントやリーダーシップ論の観点を交えた園内研修を実施しています。」
組織の質を高めるうえで重要となるのが、リーダーのコミュニケーションスキルだ。「難しいことではなく、小さなスキルの積み重ねです」と、矢藤先生は語る。
「たとえば園長先生に書類を渡したとき、無愛想に受け取られるよりも『お疲れ様』とねぎらわれたほうが嬉しいですよね。日々の小さなコミュニケーションによって職員室の空気がよくなり、リーダーは組織に所属する人々の情報を得やすくなります。」
コミュニケーションスキルは、リーダーのみならず保育士にも求められている。
「立ったまま子どもを叱るのではなく、しゃがんで目線を合わせ『どうしたの?』と聞くだけで保育の質は格段に上がります。また、子どもたちの姿や保育士の実践事例などを共有しあえる職員室には、ポジティブな雰囲気が生まれるでしょう。そうした環境を作るリーダーがいれば、よい組織や質の高い保育を実現できます。」
前向きな組織文化を築くために、矢藤先生は保育士向けの園内研修を実施してきた。しかし難しい理論を講義するわけではない。保育士たちが子どもたちの事例を出し、試行錯誤を重ねて提案し、報告し合う時間を設けている。1回の研修は30分程度と短めだ。
「長時間勉強して疲れると『しばらく研修はやりたくない』という気持ちが生まれます。一方短時間なら楽しさを感じてもらえますし、次の研修が待ち遠しくなるでしょう。その結果、研修以外の時間でも職員室で先生たちが子どもの姿について自然と話し合うようになるんです。」
人材育成は、認めることから始まる
組織マネジメントに求められるコミュニケーションスキルは、矢藤先生も日頃から実践している。相手のよさを見つけ出して認めるなど、保育にも通用する手法を学生の育成にも応用してきた。
「できないことではなく、できることに目を向ける。これは保育の質を高めるうえでも重要ですし、大学教育でも意識しています。学生の発言は必ず授業に反映させますし、上手にノートをとっている学生が目に留まったら「いいね」と声をかけたりします。長所を見つけて評価すれば、その行動が強化されるからです。認めるべき所を見出すためにも、普段から学生を観察してコミュニケーションをとり、信頼関係を築くよう心がけています。」
矢藤先生の授業は学生からも好評だ。ゼミの卒業生のなかには「学び合いやすい雰囲気を作ってくれてありがたかった」と伝えてくれた学生もいた。他者の意見を否定せずに気づきにつなげること、必ず質問や感想を言うことなど、ゼミではいくつかのルールを定めている。どれも学生のやる気を引き出し、安心して発言してもらうための工夫だ。
「当たり前ではありますが、ゼミ生を見捨てないよう努力しています。そのために学生を徹底して信頼するようにしています。たとえば卒論が進まない学生がいたとして、『どうして進まないんだ』と責めても効果がありません。学生自身もがんばりたい気持ちは根底にあるものの、なぜ実行できないのかわからず困っているからです。そのつまずきを探るためには言葉を交わす必要があります。相手が安心して情報を提供してくれる環境を用意すれば、支え方のヒントがわかるでしょう。ただ、僕も学生も正解はわからないので、一緒に苦労しながら前に進もうと思っています。」
学生時代によいチームを築いた経験は社会に出てからも糧になると、矢藤先生は確信している。
「ゼミにいる学生は、学力も抱える事情も異なります。それでもお互いを認め合ううちに、だんだんとよいチームになっていくんです。ひとりで頑張るのは大変でもみんなで励まし合えば壁を越えられると気づき、お互いに情報交換をしたりして助け合ってくれます。こうしてよいチーム作りをした経験は記憶に残り、仕事や人生における足場になってくれるでしょう。」
保育の魅力は専門性の高さ
和洋女子大学こども発達学科では、毎年多くの学生が保育関連の専門職に就いている。2024年度は、就職した人のうち8割以上が幼稚園教諭免許・保育士資格を生かした専門職だ。ほかにも海外留学や大学院進学など、学びを活かしてさまざまな道に歩んでいる。多様な進路が期待できるが、矢藤先生は「生きていてくれるだけで嬉しい」と正直に語った。
「ときにはつらいこともあるかもしれませんが、それでも生きていてほしいです。そしてできれば幸せを感じてほしいと切に願います。たまに大学時代の経験を思い出して、支えにしていただけると嬉しいです。もちろん専門的なスキルを身につけて保育士になってほしいと思います。ただ、保育者にならなくても引け目を感じる必要はありません。保育士が素晴らしい仕事だと理解して、保育の応援団になってくれれば嬉しいです。」
近年は保育士不足がますます危惧されており、保育士の待遇改善などに向けて行政も動き始めている。最後に矢藤先生に、保育業界の魅力向上のために必要なことを尋ねた。
「子どもの発達は多様なため、ひとりひとりの姿や育ちに応じて適切な判断をしなければなりません。専門家として子どもたちがのびのびと成長するためにできることを考え、チームで取り組むことが重要です。すると園の保育の質が高まり、子どもたちの生きる力の基盤がより豊かに培われます。これを実践できる保育所・幼稚園・認定こども園などを増やし、保育の醍醐味を伝えていくことが、保育という業界全体の魅力を高めていくのではないでしょうか。」
子どもや保育士、学生ひとりひとりの長所を見出し、寄り添いながら育てている矢藤先生。和洋女子大学で過ごす4年間には、人生の糧となる経験がたくさん詰まっている。矢藤先生の人柄や取組に魅力を感じた人は、こども発達学科で保育の専門性を磨いてみてはいかがだろうか。
和洋女子大学 人文学部こども発達学科
矢藤 誠慈郎 教授
広島大学大学院教育学研究科教育行政学専攻博士課程を退学後(教育学修士)、1993年より岡山短期大学幼児教育学科にて講師・助教授を務める。
その後、新見公立短期大学幼児教育学科にて助教授、ニューヨーク州立大学客員研究員、愛知東邦大学人間学部教授、岡崎女子大学子ども教育学部教授を経て、2019年より現職。
専門は保育学、教育学。