公職選挙法が改正され、選挙権年齢が18歳に引き下げられた。既にすべての高校生に副読本「私たちが拓く日本の未来」が配布され、教師用指導資料も用意された。10月末には文科省から指導上の留意事項が高校に通知された(以下、「通知」)。いよいよ新たな主権者教育が緒についた訳である。しかしこの動きに対する大人たち一般の反応は鈍く、現実感に乏しい。
消極的な声も少なくない。曰く「高校生に政治はまだ無理」、曰く「高校生は本来の勉強に専念すべきだ」などである。そこには硬直した学力観や教育観、高校生像などが垣間見えるが、それらの問題も念頭に置きながら主権者教育と「大人の関わり方」について提案したい。なお、本稿では高校生の「保護者」を大人の代表とみなして述べる。また「主権者教育」は「通知」に謳う「政治的教養の教育」の意味で用いる。
まずは想像してみよう。高校生は今後、選挙や政治の仕組みは勿論の事、具体的な政策課題や様々な論争的課題に取組み、ディベートなどの討論技術まで身につけていく。家庭では子供の口から政治的な話題が出たり、子供がデモに出かけたりするのも珍しくはなくなるだろう。彼らが強い知的好奇心と柔軟な思考力、純粋な正義感を持って学習を重ねた時、その問題意識や政治的教養は多くの保護者をあっさり凌駕していくのではないだろうか。保護者にとっては諸々の事柄に見識を問われる厳しい時代が到来したのである。ではどうすべきであろうか。
第一に、保護者が子どもと一緒に学ぶことである。保護者は自分たちが満足な主権者教育に浴してこなかったことを自覚しなければならない。若い世代であればほとんど投票行動に参加していない有権者も少なくないだろう。となれば、せめてこの機会に学び直す気概が必要だ。配られた副読本に目を通す位のことはすべきではないだろうか。
第二に、政治的話題を忌避しないことである。子供からの政治的な問いかけに真摯に向き合い、子供の考えを頭ごなしに否定したり無視したりしてはならない。そのような態度は子供から軽蔑される近道ともなりかねない。保護者が自身の思想信条や価値観を絶対化せず、それについて子供と意見交換するだけの度量が求められる。
第三に、主権者教育や子供の政治的活動に過敏に反応しないことである。今後の主権者教育は政治経済・現代社会に留まらず、すべての教科・科目を横断する総合的なプログラムとして創意工夫が求められる。当然ながら試行錯誤が何年も続くだろう。また「通知」に関しても、学校における生徒の政治的活動の禁止・制限については線引きの難しさが指摘されており、学校や教育委員会の対応方針が紆余曲折するのは間違いないだろう。従って、保護者が個々の活動事例や教育実践に一々容喙すると学校はやりにくいだろうし、教員の委縮も懸念される。だからこそ寛容の精神をもって様子を見守る「大人の態度」が望まれる。
第四に、組織として学校を支援することである。主権者教育の担い手は主権者自身である。学校だけにその責任を負わせるのは酷である。ここで期待されるのが「通知」にも記述されているように、地域の関係団体やPTAの役割である。日頃から多様な考えや人材を抱え持つこれらの団体や選挙管理委員会などが相互に連携することで政治的中立性を担保した学校支援が機能するはずである。現在文科省が進めている「チーム学校」の基幹的な事業として主権者教育の地域プログラムを開発することも期待される。
要するに大人には、世界標準の人権・政治的権利を得た日本の高校生を祝福するとともに、彼らを責任ある社会人として迎え入れる覚悟と実践が望まれるのである。
常務理事・事務局長 池口康夫
1950年北海道生まれ。東北大学文学部卒業後、東京都立高校教諭として主に日本史を担当。東京都立五日市高等学校教頭、東京都立南平高等学校長を経て2008年4月~2011年3月まで東京都立国立高等学校長。この間、全国歴史教育研究協議会長も務める。2013年から現職。宮城県仙台第二高等学校出身。