昭和音楽大学(神奈川県川崎市)は、2027年4月に新設を構想している「芸術工学部(仮称)入学定員100名」の説明会を、2025年8月3日(日)に行った。芸術工学部という名称の学部は、国立の九州大学、公立の名古屋市立大学、私立の神戸芸術工科大学と、全国に3大学しかなく、首都圏では初設置となる予定。同大学の「芸術工学部(仮称)」は、既設の芸術工学部とは異なるコンセプトで新設を構想しているとのことだが、音楽大学が設置する「芸術工学部(仮称)」とはどんな学部なのだろうか?
芸術工学部を設置するのは全国3大学しかないが、工芸、デザイン、デザイン工学などを含む学部は多く存在する
「芸術工学」とは「デザイン」の学術用語のこと。「デザイン」とは、単に見た目を美しくするためだけではなく、社会生活における問題解決に貢献できるよう、機能面なども工夫し計画的に設計することを意味する。この意味から考えると「芸術工学部」は、感性が必要になるデザイン芸術領域と、技能や技術が求められる工学領域が融合した学問というだけではなく、人文・社会科学・自然科学にまたがる学際的複合領域であることが分かる。
「芸術工学部」という名称を持つ学部は、現時点で全国に3大学しか設置されていないが、「工芸」「デザイン」「デザイン工」などを含めて考えると全国に多く設置されている。さらに、学科単位で考えれば、芸術学部や美術学部、造形学部の中には「デザイン」に係る学科はほぼ設置されている。2026年4月には、立命館大学が「デザイン・アート学部」を新設予定(認可申請中)となっており、他分野と融合させた芸術系の学部学科新設も多くなっている。
「芸術工学部」という名称の学部リストに加え、「工芸」「デザイン」「デザイン工」など芸術工学に関連する学部を一部抜粋。US進学総合研究所 作成
芸術工学分野の学部は、世界的な成長分野である「コンテンツ産業」に多く人材を輩出している
芸術工学分野の学部は、建築やプロダクトといった「有形物」だけでなく、音楽やゲームといった「無形物」の設計やデザインを学ぶことができる学科コースを設置していることが多い。この「無形物」を取り扱う市場としてよく耳にするのが「コンテンツ産業」という言葉。コンテンツ産業とは、音楽、映画、ゲーム、書籍、アニメ、漫画などの「コンテンツ」(情報の内容)を制作・流通させる産業の総称となっている。経済産業省によると、コンテンツ産業は、成長する海外需要を取り込む鍵となる産業として注目を集め、日本発のコンテンツの海外売上は、この10年間で約3倍に成長し、2023年で約5.8兆円と、半導体産業や鉄鋼産業の輸出額を超え、自動車産業に次ぐ規模となっているようだ。
(出典)総務省情報通信政策研究所「メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査」-我が国のコンテンツ市場の内訳(2022年)
昭和音楽大学の新学部は、「コンテンツ産業」の中でも「デジタルコンテンツ」に注目し、情報工学に芸術を組み合わせ、感性を高める学びを提供
コンテンツ産業は、2024年6月にまとめられた内閣府の「新たなクールジャパン戦略」において、「基幹産業」として位置付けられている。成長が期待されるコンテンツ産業だが、大きく分けると「アナログコンテンツ」と「デジタルコンテンツ」に分かれ、成長が著しいのは「デジタルコンテンツ」になっている。「デジタルコンテンツ」とは、デジタル形式で構成されているコンテンツ(情報の内容)であり、音楽配信、動画コンテンツ、ゲーム、電子書籍、ソフトウェアなどがインターネットやネットワークを通じて提供されるものを指している。
昭和音楽大学が2027年4月に新設構想している「芸術工学部(仮称)」は、この「デジタルコンテンツ」を中心に学ぶことができる学部になるようだ。次世代の「デジタルコンテンツ」をゼロから生み出していくクリエイターを育成する2コース制。デジタルコンテンツの制作・設計・構築を行うための技術を学ぶ「デジタルエンタテインメントコース」と、デジタルコンテンツの社会実装を進めるための技術や経営に関する知見を学ぶ「デジタルコンテンツ構想コース」を設置する予定となっている。
芸術工学部 芸術工学科(仮称)に設置予定の2コース
新学部「芸術工学部(仮称)」の新棟は、音楽学部の既存校舎とつながり自由に行き来が可能。音楽学部との交流の場も特徴に
「芸術工学部(仮称)」のために新棟の建築も計画されている。小田急線「新百合ヶ丘」駅から徒歩4分の好立地にある南校舎キャンパス内に建築される予定で、2025年11月から施工開始予定。新しい校舎で学べること自体が学生にとって嬉しいことだろうが、音楽学部との交流の場が設置され、音楽学部のスタジオやホールなどの音響空間など充実した施設設備も利用できるところも大きなメリットとなると考えられる。
南校舎のキャンパスに建築予定 芸術工学部(仮称)のための新棟完成予想図
芸術科目と実技科目は入学後1年時から学ぶことができ、卒業後の進路も多様
「芸術工学部(仮称)」では情報工学を主体に学びながら、音楽・美術の関連科目や副科実技を大学1年生から選択して履修することができるようだ。音楽大学だからこそ、音楽・美術系の関連科目が充実しており、デジタルと融合させたい分野の科目を選んで履修することが可能。音楽経験の有無にかかわらず、多彩な知見を深める経験を通じて論理的思考力と創造力を磨く。そのため、卒業業の進路も、システムエンジニア、グラフィックデザイナー、CGアニメーター、サウンドプログラマー、データサイエンティスト、ゲームクリエイター、ステージエンジニア、音響スタッフ、ラジオ・テレビ放送技術者、WEBデザイナーなど様々な分野が想定されている。
芸術工学部(仮称) 4年間のカリキュラム(予定)
世界のコンテンツ産業は 2018年から2027年まで 年平均成長率5%と予測。大学における人材育成が今後も必要
経済産業省の資料によると、世界のコンテンツ産業は、今後も年平均成長率5%で伸びていくと予測されている。コンテンツ産業の成長を考えると、世界に拡大していく需要に対し、国内の供給力不足という点が大きな課題で、クリエイターの不足やコンテンツ制作能力のひっ迫が、特に顕著となっているようだ。今後の成長のためにも、やはり多くの優秀な人材をコンテンツ産業の中でも特に「デジタルコンテンツ」の分野に送り出していくことが必要となる。昭和音楽大学の「芸術工学部(仮称)」は音楽大学としての強みを活かしながら、今後必ず必要になる成長分野の人材育成を行っていくことが期待される。