多くの大学で、イメージキャラクターが存在する。もちろん、制作の過程でキャラクターのバックボーンや意味づけはされているはずだ。しかしながら、こうしたキャラクターを通して、建学の精神を全学的に共有化するという試みは珍しいのではないか。
大学の成長とともに、キャンパスが分散し、物理的距離の隔たりとともに、学部間での交流や一体感が希薄になってしまうことは、どの大学にも起こりうる課題だ。
今回のプロジェクトは、淑徳大学が「福祉の淑徳」を象徴するシンボリックストーリーの制作を通して、あらためて開学の想いに立ち戻り、大学自身が持つポテンシャルを学生をも巻き込みながら、教職員も含めて全学的に共有した事例とその効果について紹介する。
淑徳大学といえば「福祉」というイメージを想起する人も多いのではないか。学祖・長谷川良信が「共生(ともいき)」を掲げ、単科大学の社会福祉学科として開学したのが半世紀前。現在は、6学部・11学科、東京、千葉、埼玉に4キャンパスを持つ総合大学へと変化をとげている。
今回、注目したのは同学で行っている教育改革推進事業、シュクトクマというイメージキャラクターをモチーフに、淑徳大学の建学の精神、根底に流れる「福祉マインド」をキャンパス、学部横断で共有化し、物語にするプロジェクトだ。「福祉マインド」とは、相手の声に耳を傾け、相手の目線に降り、そのニーズの実現をサポートしていこうとする姿勢だと言うことができる。
プロジェクトは、2年前から始まる。
「淑徳大学は2015年に50周年を迎えました。そして次の50周年に向けて、どのように私たちが次の世代に、バトンをわたしていったらいいんだろう。新しい時代の、新しいニーズにそったかたちで、「福祉」を考えていかなければいけないんじゃないかと思ったのです。そして、学祖・長谷川良信先生によって作られた淑徳大学の根源でもある「福祉」について、学部学科を問わず、全学的にディスカッションする機会をつくってみてはどうかと、各キャンパスの教職員の方々に呼びかけてみました」と話すのは、今回のプロジェクトの発案者でもある社会福祉学部の戸塚法子教授だ。
戸塚教授の声掛けにより、各学部の教職員が集まり、「福祉」についての勉強会を開いた。社会福祉学部や関連領域を持つ看護栄養学部などでは「福祉」についての理解が進んでいたが、経営学部や人文学部では「福祉」について触れる機会が少ない。1年をかけ、「福祉」について教職員自らが学び意見を交わし合った。
そして2年目となる昨年、正課外プログラムとして、教職員、学生をも巻き込み、オール淑徳の力を結集し淑徳大学のシンボリックストーリーの制作が始まった。
物語は、大きな森の中にあるシュクトク村で毎日楽しく暮らしていたクマたちを、謎の物体UME(ウーメ)が村を襲う。平和な村に訪れた危機を救うべく、11のクマたちが、それぞれ得意な能力を活かしてUMEに挑むという内容だ。物語を通して伝えたかったのは、淑徳の精神「福祉マインド」であり、「共生(ともいき)」だ。一人ひとりが持てる力は限られていても、みんなで力を合わせれば時に想像を超えた効果を発揮することができるということを表現した。
物語の中で、11の各学科それぞれを代表するシュクトクマのキャラクターをつくる必要があった。それぞれの学科クマのキャラクタライズは、各学科におろした。一番学科のことをわかっているのは学科の人間のはずだからだ。各学科、学生からいろいろな案が出され、最終的には学園祭で一般の方も巻き込みながらの投票や、キャンパスによってはWEB投票を実施し、決定した。
物語に登場するクマたちの声優も、学生が担当した。声優を希望する学生を募ったところ、応募数は想定を越え、プロジェクトの教職員が、一人一人の声を聴き、キャラクターにあった声の学生をそれぞれ選び決めていった。脚本は、担当の先生に最初のディスカッションから入っていただき、丁寧に物語に起こしていただいた。効果音や音楽も担当する先生が学生とともに、合宿をしてシーンにあった内容に仕上げてくれた。編集では、深夜までメールが行き交い、カット割りから、それぞれのクマの細かな描写について最後までやりとりがなされた。さまざまな先生方の協力を得て、膨大な作業をともに乗り越え完成した。
物語の制作に入る前には、淑徳大学のルーツを知るために、他キャンパスの学生、教員も開学の地である、大学に隣接する大巌寺へと集まった。その後学内へ移動し、学祖・長谷川良信から実際に教えを受けた同窓の教員から学祖についての講義を受けた。淑徳大学は、社会福祉のありかたを、「for him(彼のために)ではなく、together with him(彼と共に)でなければならない」とし、これを淑徳大学の福祉教育の理念としている。「共生(ともいき)」という考え方だ。参加した学生たちは、あらためて学祖の想いに触れ、大学に対する認識をあらたにしていた。
今回のプロジェクトは、結果として、シュクトクマ物語という映像にすることができたが、何よりも大切だったのは、そのプロセスに他ならない。物語の制作過程を通して、大学の礎となった福祉についての捉え方を全学横断的に共有できたこと、また、参加した学生、教職員それぞれが特性を活かして、一緒に物語を作り上げたことが、まさに淑徳大学の「共生(ともいき)」を体感する作業であり、福祉というものに新たな可能性を感じる取り組みとなった。
「福祉」のイメージは、ともすると生活困窮者や障がい者支援といった狭義の意味に捉えられることが多いが、広義の「福祉」は、「幸福」や「ゆたかさ」を意味し、すべての市民に対してささやかな幸せや社会的援助を提供することにある。そして、さまざまな分野、業界で、広義の「福祉」、「福祉マインド」や福祉によって培われたスキルが活かされている。
淑徳大学の根幹ともいえる「福祉マインド」が、狭義の福祉分野のみならず、他分野、他業種で必要とされていることは間違いない。次は、大学としてそれをどのように展開し、社会や地域に貢献できるかたちでアウトプットしていけるかが、今後の課題だ。