教育・研究分野で日本の大学界を先導する慶應義塾。先頃は、他大学の学生も受け入れての大規模な職域接種でも注目を集めた【コラム①参照】。
この春、《義塾としての理想の追求》を掲げられて塾長になられた伊藤公平先生は、世界の最先端技術である量子コンピュータの研究者で、海外での研究経験も長い。教育DXに加え、グローバル化も一層加速すると予測されるポストコロナにおける日本の大学について、慶應義塾の進める改革を中心に、その展望をお聞きした。
大学とは、慶應の使命とは
大学は、生涯の友や師に出会うことのできる場であり、そこでの学びや経験が将来につながる《人生の好循環の起点》でありたいと思っています。現在大学を目指しておられるみなさんは、50年後の社会を作るわけですから、その使命を一人ひとりに《自分事》として認識してもらうとともに、自ら新しい社会を作っていく喜びをぜひ経験してほしい。
一方、受け入れる大学には、学生が未来の社会設計に貢献、寄与できるための仕組みを作り、環境を用意する義務があります。慶應義塾の創始者、福澤諭吉の言葉を借りれば、「全社会の先導者」※1を育てる使命があるのです。
慶應では今夏、ワクチン接種と並行して、学生自らが厳しい感染対策を策定し体育会やサークルで練習や活動を行ったことが功を奏し、感染第5波を免れました。【コラム② 参照】
こうした経験も、将来、エネルギー危機や環境危機の解決に挑戦する際、必ず活かされるものと期待しています。
私立大学という立場からは、慶應はこれまで、経営の危機に瀕した際にも国に助けを求めず、「社中協力」※2の理念で乗り越えるなど、常に健全な少数派を目指して社会変革を行ってきました。創立から163年を経た今でこそ、国内の大学の中でそれなりの地位を得ていますが、「そこに行けばよい仕事につけ、将来が準備されている」というブランド大学の象徴的な存在になるのは避けたい。社会がどのようなピンチに遭遇しても、最悪のシナリオを想定しながらも常に楽観し、いい意味でスマートに、みんなで仲良くよい社会を作っていこうと周囲を巻き込んでいく。このような慶應の良さ、本来の精神を、もう一度呼び戻したいと考えています。
※2 「社中」とは、教職員、学生、卒業生などすべての関係者。
コラム① キャンパスライフを取り戻すために
6月21日からスタートした慶應のワクチンの職域接種では、職員による予約サイト構築などのオペレーションと慶應義塾大学病院と関連病院、医療系学部、その卒業生組織の連携によって、9月15日までに学生・教職員等5万人*1の接種を行うことができた。ワクチン接種には、最悪のケースを想定したバックアップ体制も求められるが、接種会場の三田キャンパスから近い済生会中央病院との協力体制がそれを可能にした。
当時、慶應義塾大学病院は東京2020オリンピック、パラリンピック対応に加えて、コロナ対応、さらに新宿区の接種も担っていて多くの人員を割けない状況だったが、それをサポートしたのが医学部、看護医療学部、薬学部の各学部とそのOB・OG、関連病院の医師、看護師や薬剤師だった。「三田会(卒業生組織)のネットワークに感謝するとともに、われわれはこうして助けられていることを実感した」と塾長は話す。
接種開始にあたっては、前病院長で接種プロジェクトリーダーの北川雄光常任理事が「ワクチン接種は本人の意思に基づくもので、強要されるものではなく、接種しないことで差別されるものではない」と前置きし、副反応については、既に約4,500人に接種(ファイザー製)を終えていた大学病院での実績を基に説明した。その上で塾長は、「ワクチン接種を進めてキャンパスライフを奪還する」との意気込みを語った(いずれもビデオ・メッセージによる)。医学部生も学生向けにQ&Aのサイト*2を用意し、医療系を持つ大学の強みがいかんなく発揮されたといえよう。
*2 医学部ステューデント・アンバサダー×全塾協議会事務局「新型コロナウィルス 大学生向けワクチン情報サイト」
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