信州大学、富山大学、金沢大学による新たな次世代人材育成プログラム「ENGINE」。新しい「広域的な地方創生」の原動力となる学生の育成を目指す。
3県の連携をどう進めていくか。また、地域企業との関係性をどう築いていくか。事業責任大学であり、当プログラムの推進を担う信州大学の林靖人教授に聞いた。
前例のない越県による大学連携で地方創生を!
「ENGINEプログラム」とは、文部科学省が「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業(COC+R)」に認定した事業の一つで、信州大学、富山大学、金沢大学の3大学が連携して地域の基幹産業を再定義・創新する人材(時代・環境変化に適応した思考やアクションが取れる人材)を育成していくもの。2021年4月から新たに始まった履修プログラムである。事業責任大学は信州大学。その中心的存在が林靖人教授だ。
「このプログラムは、『広域的な地方創生』を国や地域・社会に提案している点が大きな特徴です。コロナ禍に前後して仕事や生活は、そのスタイルや時間軸が変化しつつあり、デジタル/リアルのボーダレス化・拡張が進んでいます。一つの場所・地域・仕事に留まり続ける状況は変わっていくでしょう。また、人口も減少している中、新たに交流や関係人口を広げることで需要やイノベーションを起こすことが必要です。そこで地方創生も一圏域ではなく、広域的にやっていく必要があります。」
林教授はまずそう語る。
地方創生の取り組みは、市町村単位、都道府県単位になってしまうのが常だが、この3大学がある3圏域連携にあたり大きな存在となるのが北陸新幹線や高速道路網などの交通だ。特に新幹線の長野〜金沢間が開通後、それぞれの大学へ互いの出身県の学生が入学しやすくなった。
「北陸と長野エリアで一つの経済圏ができる可能性があります。エリア全体で人の交流や定着を促進する仕組みに挑戦します」と話す。
3大学それぞれが持っている歴史や特徴を活かしながらの連携は、不足するものも補完できるし、切磋琢磨もできる。ただし各大学の履修システムなどは異なるため、運営していくには多大な調整が必要となるだろう。しかしこれが完成すれば他の大学にも枠組みを提供できるだろう。新しい地方創生と新しい大学連携に期待が高まる。
掲げている「突破力」は、ステレオタイプを打破する力
ENGINEプログラムの説明においては、「突破力」なる言葉が何度も登場する。何を「突破」するのだろうか。
「『ステレオタイプ』です。歳を取るにつれ経験知は増えますが、一方でそれは偏ったものの見方につながることがあります。例えば、従来の経済モデルは、利用者や消費者の増加に依存した収益システムですが、人口減少が進めば成り立たなくなります。」。
「これに、拍車をかけたのが新型コロナウイルスです。少し先だったと思っていた未来の課題が、急に目の前に来てしまったんです。従来の思考から脱却し、新しいモデルに転換できないと地域という資源や場所を基盤としてきた地域企業や産業は本当に死んでしまうかもしれません」
だから、従来の経験への固執や商習慣の打破に必要なのが「突破力」なのだ。しかし、時間を掛けて創られたステレオタイプ、すなわちベテランほど自ら打破するのは難しい。それゆえ、新しい価値観と行動力で突破するのは、若い世代の強みであり、彼らの役割と言っていい。林教授によると、コロナ禍でのオンライン社会に学生たちはいち早く馴染んだという。大人たちが苦労している中、学生たちは、従来の形だけに拘るのではなく、新たなコミュニケーションスタイルの獲得へと過去の経験を突破したのだ。
人口減少やコロナ禍への適応は、「今までの経験を引きちぎる・リセットすることに近い大きなパワーが必要だ」と林教授は強調する。突破力とは、背負っているものをいったん捨てる力であり覚悟であるのかもしれない。
成果を出すために学生のマッチングはシビアに
しかし、学生側にもステレオタイプの部分は存在すると、林教授は指摘する。
「高校までは、教師から教えてもらう『教育』のウェイトが大きい。すると受け身の態度、考えるのではなく正解を憶えることが習慣化する傾向がある。しかし、大学は答えのない問題に取り組むし、自ら学びに行かなければ何も生み出せない。」
「自分が主語となって探究する態度や考える行為である『学習』が不可欠です。そのためには、ステレオタイプである『教育』を突破しなければならないのです」と。
確かに、嫌々覚えさせられる公式よりも自分が興味を持って調べ上げた事象の方が、はるかに身に付く。ENGINEプログラムは、それに気付いている、あるいは違和感を持っている学生に履修してほしいという。学生にとっては、プログラムに気づくのが、突破力を行使する最初のチャレンジになりそうだ。
プログラムは2021年4月から開始されているわけだが、最初にスタートしたのが、「地域のトップリーダーを繋ぐ」という授業である。同授業は、企業からも講師として参加いただきながら、リアルな問題に対して3大学混合の学生グループで話し合って、分析や解決策を考えるアクティブラーニングとなっている。それをオンラインでリアルタイムに3大学を繋いで、実施する試みは全国的にも新しい。
「本授業は、プログラム参加希望者のマインドセットとしての役割」であり、「登竜門」です、と林教授。学生は、この授業で興味・関心が深まったら後期以降、数年かけて「①リテラシーフェズ」、「②キャリア形成フェーズ」、「③実践力強化フェーズ」の順に学習を進めていく。
最初に授業で適性を判断し、向いているならば本格的にENGINEプログラムに入ることができる。教員(コース)と学生、双方の志向性がマッチングしていることが成果を出すためには何よりも重要だろう。
もうひとつのプログラムで受け皿の企業を確保
林教授は、以前から人口減少に着目し、必要な対策についても研究を進めてきた。
「人口減は、いずれ世界規模で起きることです。日本は世界に先駆けて起こっているから、まず我々が研究すべき。人類は、右肩下がりの状況は経験がありません」そこで2018年から、地域企業の成長力を高める「100年企業創出プログラム」を立ち上げた。首都圏からの人材を地域企業の課題解決に活用し、革新を図るプログラムだ。
「地域企業の成長が停滞する要因の一つは、単に人数が不足していることではありません。革新的人材の不足(流出や育成難)が問題なんです。革新的な人材がいれば、企業の風土改革や新しい事業創出は十分可能です」との持論のもと、首都圏の企業でキャリアを積んだ人材に地方での挑戦的環境を提供し、地域企業の意識改革とイノベーションにつなげる。
現在、スタートから2年が経過し、コロナ禍に突入したが、林教授は「コロナも『チャンス』だと思っています、と語る。「人口減少によって起こることが、少し早く来たようなもの。元々想定した社会変化であり、むしろ早めにリアルなシミュレーションができる」と、かえって追い風とした。
100年企業創出プログラムの仕組みは横展開され、既に金沢大学モデルも創られており、今後は富山大学とも連携し、地域をリードする革新的企業の創出を進めて行く。ENGINEプログラムでは、この「100年企業創出プログラム」等と連携し、新たな風土を築いた地域企業において「課題解決型インターンシップ」を実施したり、修了(卒業)した学生たちの受け皿となることも想定している。
ENGINEプログラムの受講者や修了者は、2年間の特別なプログラムで学び、突破力を養ってきているわけだから、首都圏からの人材と新たな化学反応を起こすに違いない。
ENGINEは「円陣」。進むための動力である
ENGINEプログラムの修了生はその県内に就職先を求めるのか、それとも連携している3県エリアなのだろうか。
「3大学の連携ですから、このエリア内でとなります。しかし、私は場所ありきではないと思っています。地域に定着させることが第一目的になると確実に失敗します。多くの調査でも示されるように学生は、場所だけで就職先を選ぶ訳ではないからです。我々は、学生が自分のやりたいことを見つけ、『天秤』にかけて自分で判断できるようにすることが狙いです。」
だからこそ、「100年企業創出プログラム」などに取り組み、選んでももらえる地域企業を育成することは、「ENGINEプログラム」の学生教育と並行して重要なのだろう。
しかし、地域を選択肢に入れるためには、知ってもらうことが重要だが、そこには、信州大でおこなっている、「しごトーク」というキャリア形成イベントの活用も浮かび上がる。学生が企業の社員と対話しながら本音や実体験を聞き出すもので、普段は月1,2回程度実施し、年1回拡大版として「大しごトーク」を開催しているとのことだ。
「ENGINEプログラムでは、各大学のキャリア形成イベントにお互いに参加したり、3大学の連携で広域的に大しごトークのようなイベントを実施することを計画しています」。
COC+Rでは、出口一体形の地方創生を目標としているが、ENGINEプログラムはそのために必要なプロセスが精緻に設計されている。
「就職しても企業の歯車にはならず、自分が動力源となって変革していく人材として成長し続けることが重要です。それは、先に説明したような産学官がチームにならなければ、実現できません」
ENGINEプログラムの名前には、動力を意味する「ENGINE/エンジン」とチームを意味する「円陣」が掛けあわされている。3大学連携や越県した地方創生は、みんなで円陣を組んで取り組まなければ前に進まない。大学、学生、企業、自治体など、円陣が大きくなるほどエンジンのパワーも強くなる。
地域の「テロワール」が格別な商品となる
ENGINEプログラムでは、各地域の生活・文化などの特徴を形成している「交通」、「食」、「インフラ」、「観光」を地域の「基幹産業」と定義し、重点的に連携を強めていく。エリア・大学ごとに見ると、信州大は交通と食、富山大は交通、金沢大は観光という形で、それぞれの大学や地域によってもグラデーションがあることも地域性を大事にしていることの現れである。
地域でしか持ち得ない特徴を、林教授は自身の研究テーマの地域ブランドでよく使われる「テロワール」になぞらえて表現する。(テロワール:フランスが語源で、農産物栽培等における地域の気候風土による特徴を指す言葉)
「例えば長野県や富山県にまたがる日本アルプスは、動かすことができない不動産です。また、それらが生み出す地勢や自然環境、気候・風土、生活・文化も他に持ち出すことはできません。そのため首都圏はもちろん、他県でも提供できないオリジナル・ユニークなものとなります。地域にはそこにしかない固有の資源が豊富にあります。」
「冒頭でお話した北陸新幹線や高速道路などによって可能となる首都圏からの距離感も他県とは異なるものであり、地方創生を考える際に重要なテロワールとなります」
北陸と首都圏をつなぐハブ。これもアドバンテージになると言うのだ。
こうして各地域の特徴を活かし、テロワールを醸成し磨き上げていけば、どこにもない商品や産業が際立っていく。3大学・3地域で互いに切磋琢磨すると同時に、全体で円陣を組んでいく。双方の好循環が機能していけば大きな武器になるに違いない。
林教授は、「ここ数年、地域の課題にとても熱意を持った学生が増えている」という肌感覚を持ち、時代の状況が生みだしたのではないかと分析する。
人口減少とコロナ禍というファクターのもと、エンジンは回り出した。まだまだ調整事項は山積しているというが、強固な円陣によってどう進んでいくか、興味は尽きない。
愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。心理学的知見を応用し、ブランド認知の仕組みやブランド構築の実践的研究をおこなう。また、大学発ベンチャーでの社会調査や行政計画策定等の事業経験を活かし、信州大学の産学官連携やキャリア教育、地域貢献活動のプロデュースを担当する。