Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220149
原文:Nature (2021-11-16) | doi: 10.1038/d41586-021-03433-2
COP26 didn’t solve everything — but researchers must stay engaged

 

英国グラスゴーで開催されたCOP26で、主催者側が交渉の場に研究者を同席させなかった。ゼロカーボンの実現には、自然科学と社会科学の溝を埋める必要がある。

 
国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)は、大いに待ち望まれていた、極めて重要な会議である。2021年10月31日から2週間の会期を予定していたが、予定より24時間遅れの11月13日に閉幕した。いくつかの注目すべき成果があり、例えば、カーボンニュートラルの達成を約束する国が増え、インドが2070年までの達成を初めて約束した。また、富裕国は、低・中所得国が気候の悪影響に対処するために役立てる資金(適応基金)を倍増することを約束した。さらには、炭素取引のルールが合意された。そして、世界のリーダーたちは、温室効果ガス排出量削減の進捗状況を毎年報告することになっている(2021年3月号「2021年注目の科学イベント」参照)。

しかし、ワーヘニンゲン大学(オランダ)のNiklas HöhneたちがClimate Action Trackerのウェブサイトで行った調査によると、COP26で発表された約束が実行されたとしても、2100年には気温が2.4℃上昇すると予測され(go.nature.com/3nn4hww参照)、2015年のパリ気候変動会議で合意された1.5℃の目標を大きく上回ることが分かった。その影響は壊滅的なものとなる可能性が高い(2021年12月号「気候モデル研究者とシステム理論研究者にノーベル物理学賞」参照)。

多くの研究者は、温室効果ガス排出量削減策に関して、もっと意味のある合意を求めていたため不満を感じている。研究者が怒るのも無理はないが、だからといってCOPのプロセスや破滅的な気候変動を食い止めるための人類の闘いから研究者が離脱してしまえば惨事になる。

COP26は、2015年12月にパリで開かれたCOP21以降で最も重要なイベントだったが、パリ協定での約束の達成状況の評価という相当に長期的なプロセスの一部なのだ(2016年3月号「地球温暖化の抑制へ歴史的合意」参照)。また、COP26では、いくつかの点で進展が見られた。COP26は、行動を起こすラストチャンスというわけではない。COPの任務は、2022年にエジプトで開催されるCOP27に引き継がれる。地球にとって極めて重要な10年間である。研究者はあらゆる機会を捉えて、COPのプロセスにおける研究者の役割の拡大を図らなければならない。

COP26の最終合意には、これまでの合意文書になかった約束や用語や語句が盛り込まれている。石油・ガス輸出国を含む高所得国は、適応基金を2025年から倍増して年間400億ドル(約4兆4000億円)とすることに加え、石炭火力発電の削減と他の化石燃料への公的補助金の廃止を各国に呼び掛ける文言に初めて合意した。高所得国は、石炭火力発電の全廃を望んでいたが、低・中所得国は、世界の多くの地域で石炭に代わるエネルギー源がまだ存在しないことを指摘して、強引に妥協を成立させた(2021年7月号「米国が温室効果ガスの大幅削減を公約」、2021年12月号「+1.5℃に抑えるには、埋蔵化石燃料の採掘はもはや不可!」参照)。

また、「損失・損害補償」基金構想に関する研究を続けるための部署の創設にも、高所得国は合意した。損失・損害補償基金とは、気候変動の影響を受けた低・中所得国がその原因に関与していない場合、補償金を受け取ることができるという仕組みである。そして、COP26の第1週には、金融部門の400社以上が、数兆ドルの投資先をネットゼロエミッション(ネットゼロ;排出量から吸収量を差し引いた合計、つまり実質的な排出量をゼロにすること)に尽力している企業に切り替えることを発表した。

この金融機関のコミットメントは、激しい議論を経て実現したものである。実現に30年以上の歳月を要したものも含まれており、絶対に必要な進展であることを意味している。しかし、水面下では、用語の定義や実施方法の詳細について意見の相違がある。研究コミュニティーの情報提供が極めて重要になるのは、こうした場面である。例えば、このコミットメント文書では、炭素回収・貯留技術を実装していない石炭火力発電所の削減を求めている。しかし、現実には、炭素回収装置を備えた石炭火力発電所からも汚染が発生する。研究者は、この点を明快に説明できる。

もう1つの極めて重要な問題には、「ネットゼロ」のコミットメントがもたらす影響が関係している。今やこの語句は、脱炭素化へのコミットメントを示すものとして一般的に使われている。しかし、ネットゼロに関しては合意された定義や尺度がなく、この状況では、ネットゼロの約束が実際に地球温暖化を食い止めているのかどうかが分からないのだ。また、気候ファイナンスについても合意された定義がない。富裕国は、年間約800億ドル(約8兆8000億円)の気候ファイナンスを低・中所得国に提供しているが、合意された定義がないために、提供された資金の大半は融資になっており、炭素排出量を直接削減しない開発援助(例えば、学校や清浄な水のための資金提供)も含まれている。

このような問題点の全てに対し、有益な情報を提供できるのが研究である。そして国連は、研究者に情報提供を求めている。アントニオ・グテーレス(António Guterres)国連事務総長は、専門家グループに対して、企業のネットゼロの約束を評価・分析するための「明確な基準の提案」を要請していることを発表した。また、COP26の各国代表は、気候変動枠組み条約COPに対し気候ファイナンスの定義に関する助言を現在行っている専門家グループが、その任務を継続しなければならない点に合意した。

すぐにでも作業を始める必要があるため、助言を行うアドバイザー全員の任命をできるだけ早急に行わなければならない。また、アドバイザーは、さまざまな研究分野の専門家であることが必要で、例えば、ネットゼロの測定基準について助言するグループでは、物理学者が、経済学者や財務指標の作成方法の研究者と協働する必要がある。また、低・中所得国の機関に所属する研究者の見解を聞かなければならない。このことは、いくら強調しても足りない。

COP26会場からのNatureの報告によれば、研究者は気候政策の立案に十分に組み込まれていない。実際、研究者がCOP26の交渉が行われている部屋への入室を求めると、主催者側から拒否されることが多かった。国連は、研究者が交渉を直接観察することを許し、その経験を研究プロジェクトや事例研究の講義に生かせるようにしている。国連気候変動枠組み条約事務局は、こうした妨害が行われた経緯を調査することを約束した。この経験を今後のCOPで繰り返してはならない。

国家間のパートナーシップ、あるいは全ての当事者が信頼し、受け入れられる協定がなければ、地球温暖化を食い止めることはできない。現在のところ、経済発展の度合いや気候変動に対する脆弱性が異なる国々の主張の隔たりは大きい。研究者とその研究成果は、この溝を埋める上でCOPの初期から役立ってきた。今も、そしてこれからも、研究者はそれを続けなければならない。
 

(翻訳:菊川要)

 
※この記事は「Nature ダイジェスト」から転載しています。
転載元:Natureダイジェスト2022年1号
科学者は気候変動COPへの関与を続けなければならない
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220149
 

Nature Japan

ネイチャー・ジャパン株式会社は、研究、教育、専門領域において世界をリードする出版社であるシュプリンガー・ネイチャーの一部です。1987年5月の設立以来、ネイチャー・ジャパン株式会社は、科学誌Nature の日本印刷や科学に関するプレスリリースの配信、学術ジャーナルや書籍の販売およびマーケティングなど、出版活動に関わる業務全般を執り行っています。また、大学、研究機関、政府機関や企業のパートナーとして、各機関の特徴を打ち出すためのカスタム出版やメディア制作、ブランディングや研究活動を世界に向けて発信するための広告やスポンサーシップサービスを提供しています。アジア太平洋地域の主要な拠点の1つとして、国内はもちろん、シンガポール、韓国、東南アジア、オセアニア、インドに向けて幅広い事業活動を展開しています。