今年5月、大妻女子大の学生がXでこうつぶやいていた。

「正直しんどいですよね 人間の頭や体が吹き飛ばされ、逃げ延びた場所をなお燃やされ続けているのに、私が生活の中で触れ合う学生は誰もその話をしないんだから」。

 パレスチナ・ガザ地区での悲惨な状況をさしており、学生は抗議の意志表示をしたいけれど、話し合う仲間がいない、という訴えだ。

 それでも学生は行動を起こした。「パレスチナに連帯する本よみデモ」を企画した。Xでこう呼びかけたのだ。

「大妻構内にて、パレスチナに対するイスラエルのジェノサイド・民族浄化について学び抵抗を示す、読書を通じたデモ活動を始めます。これは、パレスチナに対するイスラエルの大量ぎゃくさつ・民族浄化について学び、抵抗を示す、大妻生有志による静かなデモです。パレスチナに関する本や資料を用意しました。大妻生のみなさん、気軽に参加どうぞ」(5月9日)。

 デモといえば、街頭や大学構内を行進するというイメージを抱かれやすい。1970年前後の学生運動世代にすれば、ヘルメットに覆面姿で石や火炎ビンを投げつけ、機動隊と衝突したことを思い浮かべるかもしれない。

 いまは令和、2020年代だ。半世紀以上前のシーンは現れるわけがない。
デモ=demonstration、つまり意志表示さえできればその手段は創意工夫で何でもありだ。「読書を通じ」「イスラエルの大量ぎゃくさつ・民族浄化について学び、抵抗を示す」デモと、機動隊と角材で対峙したデモのメンタリティは、本質的に変わっていないはずだ。

 だが、大妻女子大の学生はキャンパスで戦争反対を訴え、デモ行進をしたかったのではないか。しかしそんなことをしたら、大学職員が飛んできて事情を聞かれ、大学から厳しい処分を受けかねない。

 大妻女子大にはこんな学則がある。

「大学・短大学則第25 条、大学院学則第38 条に基づき、以下の「本学学生としての本分に反する行為」をした場合は、処分の対象になります。学内での喫煙・飲酒、学内での政治活動及び宗教活動・・・・」(大学ウェブサイト)。

 なるほど、読書デモが精一杯である。
これは大妻女子大に限ったことではない、戦争反対を訴えたいが処分される、就職活動で不利益を被ると考えただけで行動を起こせない。学生は社会と向き合い発信しようとすると憂鬱な気分になる。もちろん、大学は読書デモを罰するような焚書坑儒的な処分はしないはず。そういう意味で読書デモというアイデアはなかなかのものだ。

 もっとも、多くの学生にすれば、正々堂々とデモを行いたかったはずだ。
たとえば、東京大駒場キャンパスではパレスチナ国旗に模したテントが建てられ、集会を開くと多い時で500人の学生が集まった。早稲田大キャンパスでも100人以上の学生が声をあげている。学生が英語でアジテーション、いやアピールをした。

 上智大では50人が学内などでデモを行っている。大学新聞が学生の訴えをこう伝えた。

「~~“We will not stand down until publicly call for a ceasefire, and you divest from Tel Aviv University(大学が公に停戦を呼びかけ、テルアビブ大学から手を引くまで、私たちが身を引くことはない)”と主張した」(上智新聞2024年5月21日号)。

 上智大はイスラエルのテルアビブ大と提携しており、その解消を求めたものだ。これに対して、同大学の曄道佳明(てるみち・よしあき)学長は声明を出した。「教皇フランシスコのメッセージにもあるように、国際社会はパレスチナ・ガザ地区に起きている人々の非人道的な状態に極めて大きな憂いと憤りを抱いています。上智大学は、武力行使によって引き起こされる全ての人権侵害に反対するとともに、即時停戦と、人間の尊厳に基づく当該地域の人々の生活の回復、安全を求めます」(2024年5月28日)。

 上智大トップの「大きな憂いと憤り」はイスラエル批判とも受け止められる。実際、駐日パレスチナ常駐総代表部はXで謝意を示した。「上智大学の皆様ありがとうございます」(5月29日)。

 だが、テルアビブ大との提携に触れていない。これに不満な学生はキャンパス内で抗議活動を続けている。

 2024年7月現在、キャンパスでパレスチナ連帯のデモ(テント設営、集会、スタンディング、座り込み、施設にポスター掲示など)が見られたのは、SNSで確認できる限り、東北大、東京大、東京都立大、青山学院大、大妻女子大、国際基督教大、上智大、多摩美術大、東洋大、明治大、早稲田大、大阪大、京都大、立命館大など。

 学問の目的の一つには戦争を起こさせず、平和な社会を追求することがある。そのために研究者は理論を構築し、学生は学び実践する。いま、世界中の大学でパレスチナ連帯の輪が広がっている。だが、日本の大学ではそれほど盛り上がっていない。その理由として、大学の管理が厳しい、学生に意志表示する習慣がなかったことなどがあげられる。戦争に反対する、それは大学での学びでもあることを、大学構成員(学生、教職員)は肝に銘じ、大学は戦争をやめさせる術を研究し、それを行動によって示してほしい。間違っても、学生を憂鬱にさせる指導、管理はやめていただきたい。

教育ジャーナリスト

小林 哲夫さん

1960年神奈川県生まれ。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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