みなさんにとっては当たり前の小学校での英語の授業。でもそれはそんなに以前から行われてきたものではありません。長い間、日本の子どもたちにとって、ABCは中学になって初めて学ぶものでした。一昨年から今年にかけて、この英語教育にまた新たな変化が加わろうとしています。生成AIの登場と、今春の小・中学校へのデジタル教科書の他教科に先駆けた本格的な導入です。長年、研究に加えて、日本の児童英語教育を実践してこられた青山学院大学のアレン 玉井先生にこうした状況の中での日本の子どもたちにとっての英語学習についてお聞きしました。

 

紙かデジタルか?

 デジタル教科書にはいい面がたくさんあると思います。特に英語の場合は音声が出るため、家庭での自学自習にはとてもいい。また各教科書会社の令和6年度版は、令和2年度版に比べ、とても充実しています。

 ただ私は正直、中学校までは必要ないと思っています。現場の先生方からも、利点はあるがマイナス面も多いという声が多く聞かれます。機器の操作中、子どもも先生も画面に目線が釘付けで、インタラクションはほとんどない。この間、準備に手間取ったりすると15分程度かかることもある。毎日ならともかく、公立小学校での英語の授業は今、3、4年生で週1回、5、6年生で週2回、それも各45分。海外と比べ、とても少ない授業時数の中で※1、この時間はもったいない。一つのアクティビティがしっかりできる時間ですから。

 また《文字を読み書きする力(リテラシー)》を育成する視点からは、手で紙に書く作業は欠かせません。新しく外国語を習得するのにも、漢字の修得と同じように、Eye-Hand Coordination ――目で見て、手を動かしてというのはすごく大事だと思っています。

 最近になって私が注目しているのは、ICT教育先進国の一つスウェーデンが、4年ぐらいかけてデジタル教科書を紙の教科書に戻すとの報道です※2。スマートフォンの禁止などは、既にいろんな国で事例が報告されていますが、デジタル教科書を紙に戻すというのは、私の知る限りでは初めてです。

※1 文科省が2013年に出したグローバル化に対応した英語教育改革実施計画では、小学校5、6年生に導入する教科外国語は週3回(モジュールも含め)、3、4年の外国語活動も週2回とされていたが、実施時点では、他教科との調整でそれぞれ1コマずつ減らされた。「世界的には、週1回ということはまずなく、そのために英語を教えるというよりも、楽しめればいい、つまりLanguage Experience Programになった」とアレン先生。
※2 スウェーデンは2010年代から教育のICT化を積極的に推進し、多くの学校でタブレットやPCを1人1台配布し、紙の教科書を原則廃止するなど世界でも最も先進的な取り組みを進めてきた。ただ、デジタルデバイスの使用による健康への悪影響や学習格差の拡大、教師の負担増加など、デジタル教科書の効果に対する疑問も高まり、2023年8月に発表した新学習指導要領で、印刷された教材や静かな読書時間、手書きの練習を重視する方針を打ち出した。

語学教育は肉声と身振り手振りで、五感に訴えたい

 私は、子どもの英語指導では、 声を大切に、五感に訴えることにこだわっていますが、デジタル教科書にはそういう味わいは全くと言っていいほどありません。コロナ下に、マスクをしてその上からマイクを使って授業したこともありましたが、子どもの反応は全然違った。マスク越しで声が聞こえにくいこともあったからかもしれませんが、去年、少し目を悪くしてサングラスをかけて授業した時の反応とも明らかに違う。やはり言葉を語る時に口元を隠すと、表情が見えないことが原因ではなかったか。幼稚園に12年間入った経験でも、授業中、園児たちは私たちの口だけではなく、顔全体をじっと見つめ、確かめるように声を出していました。

 このように考えても、幼児・児童英語教育とICTとはあまり相容れないのではないか。ヴィゴツキー(レフ・ヴィゴツキー:1896~1934年ロシアの心理学者)が、言語獲得も含め、学びはまず人との間で起こり、その後それを自分で落とし込み内面化していくイントラパーソナルなフェーズに移っていくというように、やはり初期の学びには生身の人間がかかわることが必要だと思っています。母語の場合、それはお家の方々であり、英語は、多くの子たちにとっては教室の先生、信頼のおける大人の声ではないでしょうか。

私のメソッド
ジョイント・ストーリーテリング

 昔話やおとぎ話を、児童用に難易度を調整して会話形式に書き換え、授業ではそのセリフを先生のあとについて身振り手振りを加えて発話し、覚えていくというメソッドです。目的の一つは、リーディングの基礎となる豊かな音声言語を作り上げることで、「ジョイント」には、先生と子どもたち、子どもたち同士、そして母語と外国語を結ぶという意味をこめています。

 具体的には、5、6分程度の一回の活動で、児童は先生の言う英語をまねて発話します。この際、日本語訳は一切与えられず、児童は先生のジェスチャーやアメリカ手話をヒントに英語の意味を模索します。そして動作を頼りに長い文章も覚えていきます。このカリキュラムが導入されている地域では、1年で『桃太郎』の簡単バージョン、2年で『ウサギとカメ』と『アリとキリギリス』。3年では『3匹の熊』と『ミトン』、4年で『大きなカブ』と『浦島太郎』、そして5年で『赤ずきん』、6年で長いバージョンの『桃太郎』を学習しています。低・中学年では英語を簡単に、またお話しも短めなものを選んでいるので、1年で2話、高学年では英語を少し難しくして、1年間で1話にしています。 

 子どもたちは、お話を知っているから少々わからない単語でも想像して理解できる。外国語教育で最も大切な「わからなくてもひるまず、がんばろう」という逞しさ、つまり曖昧なことに耐える力を伸ばしていきます。 

 しかも、何回も繰り返して自分一人で復唱できるようになれば、言葉は自分のものになる。これを私はLanguage Ownership と呼んでいますが、EFL環境でexposureが少ない【英語に触れる環境にない】中でも言葉が育つ。それとともに心も育つんですね。 

 また復唱するだけの中・低学年と違い、5,6年では丸暗記した英語の書かれている原稿を使い、文を読む練習をします。覚えている英語を発話しながら、目でそれらを確認するという活動です。さらに時間があれば、文法への気付きを促したり、CLIL(Content and Language Integrated Learning:内容言語統合型学習)に展開したりもします。

音を大切にしたリテラシー教育

 「音を大切に」としているのは、リテラシーには、聞く力・話す力も不可欠だからです。よく言われる4技能ですね。 文字と音との関係を知るためには音韻意識※3の発達が必要だと言われていますが、英語の場合は、それに加えて音素意識※4を高める必要があります。音素に慣れ、操作する力を身につけることが大切なのです。

 一方で、英語は音と文字との関係が非常に複雑な言葉なので、母語話者も読み書き能力の獲得には苦労します。そこで音素体操※5という活動を開発し、音素意識を高め、その後、文字と音との関係を意識的に教えるフォニックスを始めます。その際、短母音については、音の聞き分けが難しいこと、また長母音・二重母音については綴りが複雑になることに留意しています。

 これまで日本の《小学校英語》では取り扱われてこなかったフォニックスですが、文字と音との関係を学ぶことで、文字を通して英語音について意識を高めることができます。日本の外国語学習環境では、英語の音に自然に親しみ、それを獲得していくには摂取量があまりに少なすぎる。そこで、文字に対応する形で英語の音を学習できることは大きな助けになります。

 もちろん英語に限らず、言語はもともと音声しかなかったもので、書き言葉を得たことは人類最大の発明などと言われますが、裏を返せば、書き言葉は自然には身につかないということでもあります。ですから、昔の寺小屋の読み書き算盤ではありませんが、先生の指導はとても大事です。

 音を合わせて単語になることが理解できるようになった子どもたちは、新出単語に出会っても何とか音が出せるようになる。誰でも外国語を音読できると嬉しいし、また、音と文字を一緒に覚えて読めるようになった子は、やはり発音が良いですね。
※3 話されている単語の音の構造を理解できる力
※4 言葉の中にある最も小さな単位である音素に気づき単語の構造が理解できる力
※5 アルファベットの名前を音素で区切り、それらを動作を加えて発音する活動

どうするこれからの日本の英語教育

 かつてカナダの応用言語学者が、英語を習得するには3000時間要ると言っていたのを覚えています。日本はようやく小学校で157時間。中学校はその倍で約300時間程度、高校、大学を入れても、授業時数だけなら1000時間ぐらいにしかならない。よく「中学・高校、大学と10年間も英語を学んできたのに…」と言われてきましたが、反対に言えばそれだけしかやっていないからできない。さらに言えばやればできるんです。受験英語も、否定的に言われることがありますが、一つの大切な基礎を作ってくれているという意味で役に立たないことはありません。

 今みなさんに必要なのは、とにかくできることはやること。learn about English ではなくuse English の風潮下では、小学校では言語活動においてbig voice, gesture, eye contact が評価され、pronunciation や intonation など言語的な側面はまだ十分に評価されていない。そしてその弊害が一番顕著に出るのがリテラシーです。

 かつてよく英語が使えても使わないと言われていたフランス人をはじめ、近年のヨーロッパの人たちの英語力向上には目を見張るものがあります。良くも悪くも止めることはできないグローバル化の中で、英語格差の拡大には歯止めをかけたいもの。情報収集、情報発信を英語でできるかどうかで、世界の広さが変わってくる。その違いは、私たちの若い時とは雲泥の差だと思います。個人レベルでは、それこそ生涯年収に大きな差が出てくるかもしれない。また、「日本は稼ぐ力が弱くなった」と言われていますが、その要因の一つに英語が使えないことはないのか、あらためて考えてほしいものです。

 もちろん、直近では機械翻訳の性能向上や生成AIの登場などの好材料もあります。ただそれだけではコミュニケーションの深さは補えない。まして子どもの外国語学習の基本は変わらないと思います。

 言葉は心、言葉が心を育てる。言葉があるから心が育っていく。そしてまた心を表す言葉のみがその人の言葉として残っていく。ストーリー学習で『ミトン』をしていた時、寒い冬に、寒さに震えるネズミさんになったつもりで、Can I come in ? と、心を丸ごと出して英語学習に取り組む子どもたちを見ていると、それが実感できます。だから子どもたちには、デジタルには還元できない人と人とのつながりの中で、生きた言葉を育ててほしい。デジタル音ではなく、肉声で語る言葉に触れ、端末に書かれた文字情報ではなく、人の顔を見て、息遣いを感じて、新しい言葉に接してほしいと思っています。

私と児童英語教育

 アメリカの大学に編入して、卒業時に、当時、女性が仕事を一生持って生きていくことを考えた時には、教師になることぐらいしか思いつかず、英語だけでは難しいだろうと、帰るかどうか迷いました。BAを終えた段階でもう少し頑張ろうと、MAまで続けていった時に、TESL※を知り、それを学び、英語教育の研究者になりたいと思いました。

 82年にアメリカから戻り、最初の勤務先の大学では、研究の傍ら、付属の子ども英語教育センターでも教えました。民間の英会話教室のようなもので、幼稚園や小学校を終えた子どもたちを小人数で教えるんです。それを25年間続け、その大学を辞め他の大学に移りましたが、今度は18年間、東京都のある区でボランティアとして実際に教室で教えながら、研究を続けることになりました。

 当時のその区の教育長さんは新しいことにいろいろ挑戦されていて、英語も、早い段階から教科として小学校1年から入っていました。直接のきっかけは、英語教育を担当されていた小・中学校の先生に「ハードは整っているけど、ソフトがない」と相談されたこと。英語教育に真剣に取り組むその地域に魅力を感じ、関わらせていただくにしました。 

 ちょうど公立小学校で高学年を対象に「外国語活動」が始まった時期でしたが、本格的には、2010年から2014年にかけて、それまで獲得してきた理論や実践を基に公立小学校用にカリキュラムを開発し、一つの学校の高学年生2クラスで実践しました。具体的には、最初に私が5年生を受け持ち、翌年はそのまま持ち上がって6年生を教え、次の5年生は、私のやり方を1年間見ていたゼミ生が教える。そして2年間のプログラムを作っていったのです。

 しばらくして、そのプログラムを修了して中学校に進んだ子たちの英語の試験の成績が、それ以外の子たちに比べてかなり高かったことが教育委員会の調べで分かりました。現場の先生方からの支援もあり、教育委員会は私が開発したプログラムを全区展開することを決めました。現在、小学校、一貫校も含めておそらく37校ぐらいでこのカリキュラムが実施されています。

 よく「子ども大好きですか?」って聞かれます。もちろんですが、それ以上に魅せられるんですね。子どもはかつての自分も含め、人間とはこういうものだということをとてもよく見せてくれる。それが面白くて面白くて、これまでやってきました。

※Teaching English as a Second Language:英語を母語としない人のための英語教授法

青山学院大学 文学部英米文学科 教授

アレン 玉井光江先生

Notre Dame de Namur University英文科卒業後、San Francisco State University 英語専攻 修士課程修了、Temple University 教育学研究科 英語教育学専攻博士課程修了、Temple University Ed.D.(教育学)。1986/04~2007/3文京女子短期大学英語英文学科専任講師から助教授、文京女子大学人間学部教授、文京学院大学、外国語学部教授を経て、2007/4~2010/3千葉大学教育学部・大学院教育学研究科教授。2010年から現職。1991/02~1997/07及び2015/04~2016/03ハーバード大学 大学院教育学研究科客員研究員、専門分野及び関連分野:小学校英語教育、第二言語教育、読み書き教育。主な著作に『小学校英語の文字指導 リタラシー指導の理論と実践』(東京書籍)、『小学校英語の教育法 ―理論と実践―』(大修館書店)。広島市立舟入高等学校出身。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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