博士号教員とその業務内容
秋田県の博士号教員は、平成20年度の採用から、社会人枠の博士号取得者という枠組みで募集が始まりました※1。現在は7名が県内の主要な高校に配置され、教科指導のほか「出前授業」を行っています。
年度初めに出前授業の紹介文書を提出し、その内容、あるいはそれぞれの博士号教員と打ち合わせした内容で、博士号教員の出前授業を依頼校の授業の中で活用するというものです。内容は博士号教員に一任されているため、それぞれの博士によって特色がありますし、テーマも各人の専門にかかわる理科、工業や農業などの専門分野、環境や境界領域などもあり興味深いです。依頼もすべての校種から来ます。博士号教員の出前授業の実績は、年度や教員によっても異なりますが、平成30年度は博士号教員全体で68件、私個人、直近では年間20 ~30件ほどの博士号教諭としての出張があります。
※1 宇佐見忠雄,2009, A Study on New Waves of the Teacher Adoption: 21–35p 博士号教員の活用について(平成21年5月18日)秋田県教育委員会
文部科学省HP:https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/gijiroku/attach/1288749.htm
博士教員教育研究会
秋田県の博士号教員の最も特色ある活動は、「博士教員教育研究会」としての活動です。採用当初博士号教員は他県に例がなく、他県出身者も多いためメーリングリストを作って情報交換してきました。採用されて数年間、博士号教員それぞれが出前授業を通して秋田県の科学教育の活性化を図ってきましたが、個人でできることには限界があると感じていました。そこで集まって、より効果的な事業を企画運営するため、また協働して秋田県の科学教育の推進に取り組むため、平成23年8月に研究会を組織しました。
発足当初から毎年実施しているのは研究発表会。県教委や企業の後援を受けて我々の主催で実施しています。この発表会の特色は、秋田県内の高校生であれば普通科、理数科、工業科、農業科などすべての生徒が参加できる点にあります。発表者には博士号教員が、研究活動のよかった点、改良すべき点を記したカルテを発行しています。
しかし、我々が最もこだわっているのは、発表者すべてが研究者として意見を交換できる会にすることです。それぞれの生徒が、普段自分たちが学んでいることを他の生徒と教えあうことで、研究活動へのモチベーションを高める会なのです。実際に実業高校の生徒が普通科の生徒に、理数科の生徒が他学科の生徒に、授業で得た知識をもとに質疑応答する例もあり、参加した生徒や教員からも、質疑応答が活発で有意義な会であるという感想が数多く寄せられています。コロナ禍においてはオンラインで実施し、これまで13年間一度も欠くことなく実施しています。そのほか、高校生を対象とした実験講座や、ハイレベル授業の開催など、我々が科学教育を活性化できそうなことを実施してきました。この活動は他県にはない我々博士号教員によるオリジナリティ溢れる主体的な活動なのです。
また、先に述べた出前授業は個人の授業紹介ですが、この他に博士号教員が全員で当たる探究活動の指導や、各校で実施される発表会での指導講評、また、教員対象の探究活動の指導法についての講座も提供しています。この結果、正課、課外を問わず秋田県内での探究的な学習活動は活発であると評価されています※2。
※2 地域に貢献できる人材育成を博士号教員に期待
JREC-IN Portal:https://jrecin.jst.go.jp/html/app/seek/html/yomimono/interview1/akita/index.html
しかし、底上げと上位の引き上げはまだまだ不足しているというのが実感です。探究の授業は、教科横断型の思考力を必要とし、新たな考えを導き出す未来的思考を育てる授業形態ですが、十分に活用されていないところに課題があります。また我々の探究活動活性化の取組を小中学校にも広げていく必要性も感じています。特に課題として考えられる事象について、以下に具体的に紹介します。
探究活動の進め方
高校生の探究活動においても、テーマ設定、仮説を立てての実験計画の立案、実験、結果の分析、考察、仮説の検証という一連の研究手順は不可欠であり、研究者のそれと変わりありません。それゆえ研究活動が未経験の高校生にとってはハードルが高く、それを指導する教員にも研究スキルが必要になってきます。実際、多くの教員は大学の卒論で研究に携わったが、指導に関しては負担を感じていると言います。私は秋田県の博士号教員として、県内の探究発表会で指導する機会に恵まれており、それに携わる教員の皆様から探究の指導について相談を受けることも少なくありません。その中で特に多いのが、生徒の研究テーマをどのように設定したらよいのか、また実験計画や実験はどのように指導したらよいのかということです。
研究テーマの設定
最初にして最大のポイントで、多くの生徒、教員がここで二の足を踏みます。テーマ設定には大きく2通りの方法が考えられます。1つは教員がテーマを生徒に与える方法、もう一つは生徒に見つけさせる方法です。どちらにも長所短所があり、指導する生徒の学習到達段階にも依存するため、教員側が注意深く選択する必要があります。私の場合、時間はかかりますが、それがどのようなものであっても生徒から提案されたテーマについて、ディスカッションをして、その生徒が本当に何について疑問を持っているのか聞き出します。そしてできるだけ条件を絞って簡略化した実験に修正するようにします。それはインターネット上から持ってきたものだったとしても同じです。まずは予備実験としてやらせてみて、再現性の検証、条件設定の見直しを行い、結果について検証させる。すると、生徒のほうから疑問を投げかけてくることがあるので、それを本当のテーマとして取り組ませます。どうしても見つけられない生徒には、ディスカッションの中から、生徒の興味を引きそうなものをテーマとして、予備実験から始めさせます。できるだけ生徒の話の中からピックアップすることを心がけています。
実験指導
実験指導の要点は、正しい答えを出させることではなく、生徒が安全に実験を遂行するように促すことです。間違いに気づいてもすぐに指摘せずに、「おかしくない?」と聞いてみる。それで生徒が間違っていないと言い張るなら、あえてそのままにしておきます。うまくいかなければ、生徒が気づきます。そこで生徒自身が気づいたら、実験は失敗でも、授業としては成功ですね。どうしても生徒が気づかずに放り出してしまいそうなときには、「ここ間違ってないかな?」と、指摘することもありますが、あくまでもディスカッションをしながら生徒に気づかせるというスタイルで指導しています。結果を求める指導をすると、ここを省いて教員が正しいと思っている答えを押し付ける危険があるので、時間の許す限り生徒の考えをよく聞いてみてください。生徒の表現力が不足していて教員が気づかないこともありますが、私でもハッとするくらい重要な気づきをしていることがあります。
テーマの設定、実験指導、結果の判断、考察、すべてにおいて重要なポイントは、生徒に任せきりにしないで、常に生徒の実験内容を把握し、声をかけながら生徒とディスカッションする。その上で生徒の考えを聞いて、生徒の目指す方向に進めるために必要なアドバイスをすることです。探究的な活動では、生徒が課題を見つけ出したり何かに気づいたりするような指導をすることが最も大切なことなのです。もし、生徒が実験の中で何かに気づいた時は、その驚きと興奮を共有してあげてください。どんな科目よりも生徒も教員も楽しく、夢中になれますよ。
大曲農業高等学校
教諭 大沼 克彦さん
岩手大学大学院で博士(農学)の学位を取得後、生物資源研究所(現農研機構)、産業技術総合研究所などでポスドク。2010年から現職。秋田県立湯沢高等学校出身。