男女共学の社会人向け大学院として、現代社会が抱える複雑な課題の解決に貢献できる人材を育成している東洋英和女学院大学大学院。なかでも国際協力研究科は、国際協力を通して持続可能な社会の実現をめざしている。その理念を象徴する授業のひとつが、共通科目として開講している「サステイナビリティ学」だ。今回は、この授業の意義と、学びを通して成長していく院生たちの姿について、国際協力研究科の田中極子准教授に話を伺った。
分断の時代に、対話と協力を紡ぐ力を育てる
現代社会が抱える課題に向き合う中で、サステイナビリティ学の重要性が高まっています。田中先生は、どのような問題意識からこの授業に取り組んでおられますか。
「今はまさに、地球全体で問題を考えていかなければならない時代です。ところが、現実には多くの国が『自国ファースト』の方向に傾いています。国家間の分断が進めば、持続可能な世界を築くことは困難です。ですから、社会人の方にもぜひ本研究科で批判的思考力を養っていただき、国際的な諸問題に共に向き合っていければと考えています。」
田中先生は国際連合や外務省での勤務経験をお持ちですね。そのご経験は授業にも活かされているのでしょうか。
「そうですね。国連では、文化的、社会的、政治的にまったく異なる背景を持つ人々と、共通の目的に向かって協働することが求められます。たとえば同じ文書を読んでいても、解釈が全く違うと感じる場面は多くありました。地球全体の課題であることを共有して、サステイナブルな未来に向けて対話を重ねるためには、専門分野だけでなく、広い視野と柔軟な思考が不可欠だという実感があります。」
そうした体験が、サステイナビリティ学の構成にも反映されているのですね。
「はい、この授業は共通科目として半年間開講している選択科目で、私がコーディネートを担当しています。形式はオムニバスで、外部からも講師をお招きしています。講義ではまず、地球環境や気候変動などすべての国に共通する問題から出発し、これを基盤に、社会や生活における複雑な課題を多層的に捉えていきます。」
具体的は、どのようなテーマを扱っているのでしょうか。
「私は主に、SDGs(持続可能な開発目標)の先にある持続可能な社会のあり方に関心があり、平和や公正、また、国家主権概念の変容といったテーマを取り上げています。また、ジェンダー、健康、貧困を専門とする先生方や、本学外からも研究者、行政実務者、NPOの方々に参加していただきます。多様な専門領域が交差することで、はじめて『地球全体の姿』が見えてくる、そのような授業を目指しています。」
問いを立て、世界を読み解く
田中先生の授業では、どのように学生の成長を促しているのでしょうか。
「私の授業では、議論への参加姿勢と合わせてレポートも評価しています。その中で特に重視しているのが『問いを立てる力』です。与えられた情報や事象に対して、どんな問いを持つか。それこそが、本研究科で身につける『批判的思考力』の核心だと考えています。」
問いを立てる力、ですか。
「はい。結論を出すことももちろん重要ですが、良い問いがなければ問題の本質に迫ることはできません。私の授業では、レポートのテーマは教員が一方的に指定するのではなく、院生自身が関心あるテーマから問いを絞り込んでいく形にしています。最初は漠然としていた問いが、授業を重ねる中で少しずつ具体性を帯びていく、そういうプロセスを経て、自分の視点を磨いていく院生の姿を見るのはとても嬉しいですね。」
「問いを立てる力」は、どのようにして養われるのでしょうか?
「その基礎は、必修科目の『社会科学研究手法』でもしっかりと学びます。問いを立てるための読み方、情報の捉え方、思考の整理の仕方を学んだうえで、他の授業でそれを応用していくというカリキュラムになっています。単に知識を詰め込むのではなく、知識を使って自分の頭で考える訓練を重ねていく構成です。」
批判的思考に加えて、授業内の議論を通じて「対話力」も育まれているとお聞きしました。
「そうですね。今は、多様な価値観を持つ人々と協力しながら物事を進めなければならない時代です。ですが、日本ではしばしば『対立を避けることが平和』と捉えられがちで、議論そのものを避けてしまう傾向があります。しかし、議論を恐れていては本質的な協力は生まれません。特に社会人の方々は、職場や地域で異なる価値観を持つ人々と協働する機会を少なからず経験されているはずです。本研究科で育てる『対話力』は、国際協力の現場に限らず、あらゆる場所で生きる力になると信じています。」
授業は対面・オンライン双方向で実施。全国各地から集った院生たちが意見を交わしている
2030年のその先へ
近年、SDGsへの関心が高まっていますが、国連が掲げるSDGsの理解を深めるための授業なのでしょうか。
「確かにSDGs(持続可能な開発目標)は、サステイナビリティを考えるうえでの重要な枠組みですが、私たちが目指すのはその理解に留まりません。SDGsは2030年までの具体的な目標を示したものにすぎず、その先の社会をどう築いていくのかという問いが、今ますます重要になっています。サステイナビリティ学では、SDGsを手掛かりにしながらも、『なぜそれらの目標が掲げられたのか』『それによって何が変わり、どのような新しい課題が生まれたのか』といった、より根本的な問いを掘り下げていきます。つまり、SDGsを通じて世界が目指してきた方向性を見つめ直し、2030年以降をどう生きるかを考える力を育てることが、本質的な目標です。」
国際協力研究科で培った力は、卒業後、どのように活かされているのでしょうか。
「院生たちは修了後、それぞれのフィールドで自分なりの形で学びを活かしています。国際協力の分野に進む方もいれば、今の仕事に新たな視点を持ち込み、職場や社会との関わり方を見直す方もいます。たとえ転職やキャリアチェンジを伴わなくても、自分の暮らしや社会との接点を複眼的に見つめられるようになる、そのような変化こそが、世界の分断を協力に変えていく原動力になると信じています。」
最近は理系出身の方の入学もあるそうですね。
「そうなんです。技術を深く学んできた理系の方々が、社会全体を見渡す視点を得ようと入学されるケースが増えており、とても心強く感じています。ご自身の専門が、環境や人権、平和とどうつながっているのかを考えながら、『実現したい社会』に技術をどう活かすかを探っている。その姿勢こそが、サステイナブルな実践につながっています。」
最後に、これから国際協力研究科を目指す方へのメッセージをお願いします。
「今は世界が分断されがちな時代です。でもだからこそ、一人ひとりの考えが変わることで、協力へと転じることができます。対話力、批判的思考力、先を読む力、それらは誰にとっても必要な力であり、本研究科では年齢や背景を問わず、そうした力を育むことができます。ぜひ多様な仲間と共に、次の時代をつくる学びに加わっていただけたらと思います。」
東洋英和女学院大学大学院 国際協力研究科
田中 極子 准教授
外務省や国連での勤務を経て、2023年4⽉に東洋英和⼥学院⼤学着任。専門は国際政治学、軍縮・不拡散、デュアルユース管理など。