データサイエンスで歌壇の人間模様を読み解く

 e-CSAをはじめとした解析ツールの導入により、古典文学研究において新たな仮説が次々と生まれている。近年、福田教授が特に注力しているのが、鎌倉時代中期の歌人・藤原為家と、彼と対立関係にあった葉室光俊との関係性に関する研究だ。

 この時代、和歌の世界では藤原定家を祖とする御子左家が圧倒的な権威を有しており、為家はその正統な後継者として和歌界を牽引しようとしていた。一方、光俊はそうした家系に属さない、いわば“外部”から登場した歌人であり、既成のルールや美意識に挑戦するような姿勢があった。

 特に万葉集の語句の扱い方において、両者のスタンスの違いは明白である。為家は御子左家の伝統に則り、使用すべき語彙の範囲や用い方を踏襲していたのに対し、光俊はそのルールを理解した上であえて逸脱し、独自の歌風を貫いた。たとえば、同じ題で詠まれた和歌においても、光俊は定家流の型を意図的に外し、為家の作法に真っ向から異議を唱えているように見える。

 「光俊は、あえて“いけない”とされていた表現を選んでいるのです。為家もそれをおそらく認識している。それは挑発であり、挑戦だったと言えるでしょう」と福田教授は語る。こうした両者の相違は、解析ツールを用いた文字列の比較や用例の分布可視化によって、定量的に裏付けられつつある。従来は子孫が残した記録や印象論で語られがちだった二人の“不仲説”も、こうしたデータによって客観的に裏づけられるようになったのだ。

 「彼らの和歌を比較していくうちに、互いを明確に意識した対立の構図が見えてきます。その様子が浮かび上がると、歴史のなかの人物たちが、まるで現代の人間関係のように感じられてくるのです」。この発見のプロセスこそが、データサイエンスを用いた古典文学研究の醍醐味であり、「発見科学」の真髄である。

 文献の山のなかに埋もれていた和歌たちが、コンピュータの助けを借りて新たな姿を現す瞬間。その驚きと面白さを、福田教授は学生たちとともに分かち合っている。

文理が交わる場所に、真の教養と発見の喜びがある

 同志社大学文化情報学部は、従来の文学部や理工学部の枠にとらわれず、人文科学と情報科学を架橋するユニークな学びの場として発展してきた。文学や歴史、芸術といった文化的対象に対し、情報技術やデータ解析といった手法でアプローチすることがこの学部の特色である。

 「私は国文学の研究者ですが、文化情報学部には数学、情報科学、文化史、美術など多様なバックグラウンドを持つ先生方が教鞭をとっています。現在、画像解析ソフトを使用した絵画の構図比較なども共同研究の案として挙がっています」。分野を越えた知的交差が日常的に起こることが、本学部の魅力だ。

 この学部では、「理系・文系」といった既存の枠組みはあまり意味がない。プログラミング一つ取っても、それは「言語」であり、「表現」の手段である以上、文系的な感覚も問われる領域である。

「大学は、何をどう学ぶかを自ら選ぶ場。国語・数学・理科といった教科分類を超えて、自らの好奇心や問題意識に応じた学びを組み立てられるのが文化情報学部の強みです。医学部や薬学部のように専門資格に直結する学部ではありませんが、さまざまな文化事象を対象に、研究目的に適したデータ収集・分析の手法を学び、表面的な現象や情報の奥にある意味や価値を追究する力を養っていくのです。」

 福田教授の研究と教育の中心にあるのは、「発見の喜び」という純粋な知的好奇心だ。それは、既存の方法や価値観を超えて、自らの手で意味を見いだす営みでもある。文化情報学部は、そんな発見を求める人々のための場所であり、多様な知と感性が交差する場である。型にはまらない柔軟な学びの中から、新しい文学研究の新たな地平が、日々追究されている。

同志社大学 文化情報学部 日本文学研究室

福田 智子教授

福岡女子大学文学部国文学科卒、九州大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。専門は和歌文学・平安文学だが、友人でもある情報科学研究者との共同研究を契機に、文字列解析ツールや和歌のデータベース構築にも取り組む。また、生物系統学のためのソフトウェアSplitsTreeを『源氏物語』の伝本研究に応用し、ゼミ生の卒業研究にも活用している。

 

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大学ジャーナルオンライン編集部

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