我が国の小中高等学校等では、児童生徒が日常的に教室等の清掃をする。子供の頃に掃き掃除や雑巾がけを分担して輪番制による清掃活動をした記憶があるだろう。これらの清掃活動は、単なる習慣ではなく正規の教育課程の一部として実施されている。学習指導要領の改訂に向けた検討がはじまったこのタイミングに清掃活動について考えてみた。
教育課程において、清掃活動は主として「特別活動」に位置づけられる。※1 特別活動には、学級活動、児童・生徒会活動、学校行事、小学校のクラブ活動などが含まれる。その中でも清掃活動は学級活動の一環として扱われることが多い。学級活動には、清掃のほか、日直業務、朝の会・帰りの会、集会活動、飼育・栽培などの当番活動が含まれ、これらの活動の目的は、児童生徒が望ましい人間関係を形成し、集団の一員として主体的に関わることで、自立し、協働しながら様々な課題に取り組む態度を育むことにある。日本の学校教育は、知育のみならず「知・徳・体」の調和の取れた全人的な発達を重視しているが、その特質を特別活動が象徴していると言える。
清掃活動が教育課程の一部であることは明らかだが、その基準である学習指導要領の位置づけは必ずしも明確ではない。現行の小学校学習指導要領では、学級活動の項目に当番活動の一例として簡単に言及されるのみであり、そのように位置づけられたのは平成20年以降でそれ以前はなかった。また、中高等学校の学習指導要領には清掃活動に関する記載はみられない。にもかかわらず、学校では当たり前のように日々清掃活動が行われている。特別活動関係の指導資料など、現場に近い資料では清掃活動が題材として取り上げられるのは定番になっている。このことから、清掃活動は制度としての学習指導要領よりも前に学校現場に定着していたと考えられる。
その可能性については、明治期以来の学校保健関連の法令から示唆を得ることができる。明治期には、学校衛生顧問会議の検討を得て学校医、学校歯科医、身体検査、学校伝染病予防等の法令等が個別に定められてきた。これらの法令等は内容を精選し纏められ、昭和33年に制定された学校保健法の体系に組み込まれた。その中にあったのが、「学校清潔方法」(昭和23年の文部省訓令第2号)。この訓令が学校の清掃の意義や清掃方法を定めたものであった。※2
学校清潔方法は冒頭で、学校環境の清潔維持が児童生徒の健康と学習能率の向上に寄与するとともに、「学校における清掃の指導訓練は、衛生教育の一環として系統的に実施させ、その実践は、学校だけにとどまらず生徒児童の家庭にも及ぼし更に社会公衆の衛生思想並びに美的観念の高揚にまで及ぶ」ことをも期待するとしていた。その上で、日常・定期・臨時の清掃手順等が具体的かつ詳細に規定されていた。学校清潔方法は、明治30年の文部省訓令第1号により導入され、学校保健法制定までの約半世紀にわたり学校教育に影響を与えてきた。
その発展の過程には、衛生に重きをおく医学専門家と、教育的道徳的価値を重視する教育専門家による協議や調整も行われていたと考えられる。前者の視点は学校環境衛生の発展に寄与し、後者の視点は特別活動の内実としての位置づけにつながり、さらに、海外からも関心が示される日本の学校教育の特色確立に寄与してきたのではないか。
その代表例がエジプト・アラブ共和国における取り組みである。平成27年の首脳間の相互訪問を契機に策定されたEJEP(エジプト・日本パートナーシップ)の枠組みの下、同国に日本型教育の要素を取り入れた教育が導入された。現地ではTOKKATSU(特活)と呼ばれており、JICA(国際協力機構)を通じた国際協力により、エジプト各地にEJS(エジプト日本学校)というモデル校が設置され、これを一般の小中学校へ展開する試みが進んでいる。令和7年現在、EJSは全国で55校に拡大している。TOKKATSUでは、日本の学校の朝礼、日直、清掃、学級会などの活動が導入されたが、とりわけ清掃活動については、当初、保護者の理解を得るまでに一定のプロセスを要したという。※3
特別活動に象徴される教育の特徴は、他国からも関心を寄せられており、これに応える形で平成28年には日本型教育の海外展開事業(EDU-Portニッポン)が始動し、その後も調査研究事業が展開されている。
学校清掃を例に概観してきたが、日本の学校で日常的に行われている活動の中には、明治以前から戦前にかけて発展してきた教育活動や、戦後の教育改革期に導入されたユニークな活動が含まれ、これらが特別活動に象徴される日本の学校教育の特色を形成している。時代の要請に応じて教育の見直しが進められる中で、関係者には、次世代に残すべき教育活動を的確に選定することが求められている。
※1 例えば、田中耕治他『国立教育政策研究所紀要』第147集、教育課程研究センター、2018年には学校活動の変遷が整理されている。このように清掃活動を取り上げる事例は珍しい。
※2 日常の清掃を例にとると、「教職員生徒等は、毎日始業前に、(中略)まず水をまいて少し床を湿し、静かに掃き出すか、湿ったおがくず、茶がら、もみがらを、床の上にまきちらしてこれを掃き出すか、(中略)湿った布でふきとる。」「黒板は清潔に保ち、ぬぐい、又はその掃除をする際には、チョーク粉が飛散しないよう注意し、又黒板ふきの粉は戸外で払う」など12項目にわたり、方法を規定している(本文は国立教育政策研究所のWEBサイトから抜粋して引用した)。
※3 濱田博文「エジプトでのTOKKATSUの現状と可能性」『日本特別活動学会紀要』第26巻、2018年、3頁には、清掃に対する当社保護者からの抵抗があったが、実践を重ねるうちに好意的に捉えてもらえるようになったことが記述されている。
(学)東北文化学園大学評議員、大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌厚さん
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省。99年在英国日本大使館一等書記官、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局長等を経て22年退官。この間、京都大学理事・事務局長、東京学芸大学参事、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育振興機構理事等を歴任。現在は(学)東北文化学園大学評議員、同大学事務局長。神奈川県立相模原高等学校出身。