社会人向けの共学大学院である、東洋英和女学院大学大学院。1993年に開設されて以来、多くの学生が学んできた分野のひとつが「死生学」だ。グリーフケアやターミナルケアなど、「死と生に対する関わり方」を扱う学問。授業の雰囲気や、死生学を通して得られた気づきなどを、人間科学研究科人間科学専攻の修了生に伺った。
自身の体験が学問のきっかけに
東洋英和女学院大学大学院の人間科学研究科人間科学専攻で学べるのは、主に幼児教育学と死生学の2領域。死生学では精神医学や生命倫理学、宗教学などを土台に、終末期におけるターミナルケアや、喪失や悲嘆に対するグリーフケア、人間の存在意義や価値観に関係が深いスピリチュアリティといった内容を扱う。2003年には死生学研究所も発足し、学問分野の発展に寄与してきた。
修了生の成塚さんは2020年4月に早期退職を決意し、同年9月から死生学を学んだ。死生学への興味は以前からあったものの、仕事や子育てが忙しかったため断念。子育てが一段落したことや、コロナ禍に入り「このまま仕事をするだけの人生でいいのだろうか」と疑問を抱いたことが、大学院進学のきっかけになった。
「30年前に夫を亡くし、その後テレビで「日本でも死の準備教育が始まっている」というニュースを見たことがずっと心に残っていました。自分自身もがんを患い、死をより身近に感じたことで、死や生についてもっと知りたいと思い始めて。そんな時、がんの患者会でお世話になった方が『東洋英和では死生学が学べる』と教えてくれたため、パンフレットを取り寄せました。」
「死」を当たり前に話せる環境が新鮮
死生学関連の授業には、30代から60代まで幅広い年齢層の学生が参加していたという。医療関係者をはじめ、職業や背景もさまざまだが、共通していたのはほとんどの学生が死別や何らかの喪失を経験していたこと。授業やゼミではそれぞれの体験や感情を率直に語り合い、議論する場面もあった。
「私は今まで、夫と死別した悲しみや苦しみに蓋をして生きてきました。30年前は『死別の悲しみは乗り越えるもの』とされ、いつまでも悲しんでいてはいけない、と言われる時代でした。でも死生学の授業では、“死”や“死別の悲しみ”がごく自然に語られ、自由に議論できる新鮮な環境がありました。私も自分の体験を打ち明けることができました。きちんと死を悲しんでよかったのだ、とわかって嬉しかったし、救われる思いがしました。」
成塚さんが入学した当時はコロナ禍だったため、授業の多くはオンラインだった。対面での交流が難しい中でも、ゼミのあとに学生たちが自主的にビデオ通話をし、深夜まで議論したこともあったという。
「私は早期退職してから入学しましたが、フルタイムで働きながら通っている人や、子育て中の人もいて。皆が、“学びたい”という強い意欲を持ち、モチベーション高く授業に参加しており、私もたくさんの刺激をもらいました。東洋英和は社会人向けの大学院なので授業も夜間や土曜日に開講されており、ハイブリッド対応の授業もあって、学びやすい条件が整っていると思います。」
死生学を学んで得られた気づき
授業で学んだ知見をもとに、修士論文では末期がんから回復した患者さんの手記を分析した。がんという病は死や苦しみといったイメージと関連付けられやすい。しかしそれだけでなく別の側面があるのではないかと、成塚さんは入学前から関心を抱いていた。実際に手記を読み込むと、死を覚悟しながらも、様々な出会いや出来事、ある種の神秘的な体験をきっかけに夢や希望を見出し、生き方や価値観を変容させていく様子が浮かび上がってきた。
「私が研究対象にしたのは、ステージⅣなどの末期がんで余命宣告を受けながらも回復した方々の手記です。死への不安や恐怖、絶望の中にあっても、希望や夢を見出す人がいる。その姿に私自身も励まされ、これを論文として伝えたいと思いました。そして次は、私が困難な状況にある人のそばで何かできることをしたい。そう思い、卒業後は上智大学グリーフケア研究所に進みました。学び続けるという選択ができたのも、大学院で死生学という確かな土台を築けたからです。」
死生学に触れ、成塚さん自身の生き方も変わった。
「長い間、何も話せないまま夫と死別してしまったことに罪悪感や自責の念を抱え生きてきました。子どもの成長が見られなくてかわいそう、と思ったときもあります。しかし死生学を学ぶうちに、『かわいそう』と思うことが失礼だったと気づきました。たとえ若くして亡くなったとしても、夫は自分自身の人生を生ききったのだ、と新たな視点を得られたからです。だからこそ私も自分の人生を生ききろうと思えました。死生学の学びは、これまでの人生を整理することにもなりました。おかげで自分を否定したままの人生から一歩前に踏み出せました。」
成塚さんは現在、グリーフケア研究所の資格認定課程で学びながら、地域のボランティアを続けている。様々な喪失によるグリーフを抱えた方の話に耳を傾ける活動だ。
「誰かに話を聞いてもらいたいと思う人はもちろん、そうした想いに気づいていない方や、話していいのだろうかと迷っている、かつての私のような方にも寄り添えたらと思います。」
学生自身の人生も後押ししている死生学。学問分野としての認知度が高まり、広く社会に根付いていくことに成塚さんは期待を寄せた。
「死生学は死に焦点を当てているようで、実は生きることに深く繋がる学問だと感じています。学問分野のひとつとして、多くの方に知っていただけると嬉しいです。」