持続可能な社会に寄与する生物由来のバイオマテリアルは近年期待を集めている。中でも、鋼を上回る強度とナイロンに匹敵する伸縮性を併せ持つという強靭なクモ糸の人工合成は注目の的だが、依然として天然の物性の完全再現とは至っていない。
こうした中、慶應義塾大学、理化学研究所、京都大学、Spiber株式会社らは、ジョロウグモ亜科4種のクモ糸の構成タンパク質を網羅的に解析することで、クモ糸がこれまで考えられていた以上に複雑な複合素材であることを明らかにした。そして、新たに同定したクモ糸に含まれるタンパク質を人工クモ糸材に配合することで、クモ糸材の物性を劇的に向上させることに成功した。
本研究で対象とした4種のジョロウグモ近縁種(ジョロウグモ、アメリカジョロウグモ、オオジョロウグモ、マダガスカルジョロウグモ)は、クモの中でも特に強靭さに優れる牽引糸(クモがぶら下がったり移動する際に用いる糸)を紡ぐなかまである。これらのゲノムを決定した上でマルチオミクス解析を実施した結果、クモ牽引糸を構成する遺伝子としてこれまで知られていた糸タンパク質「MaSp1」と「MaSp2」だけではなく、新たに「MaSp3B」がむしろ主要な構成成分として同定された。さらに、糸タンパク質以外にも複数の機能未知タンパク質が見つかり、中でも「SpiCE(Spider-silk Constituting Element)」と名付けられたタンパク質は牽引糸を合成するクモ腹部で極めて高い遺伝子発現を示した。
研究グループは、これらの新規タンパク質を人工クモ糸材に配合すると物性向上に寄与することも実験的に証明した。驚くべきことに、SpiCEを重量あたりわずか1%添加するだけで、強さ(Tensile strength)が2倍以上、伸び率(Elongation)が1.5倍以上上昇したとしている。
本成果は、人工クモ糸の高機能発現メカニズムの一端を明らかにしたことで、今後の人工タンパク素材開発の促進に大きく貢献すると期待される。