慶應義塾大学の岡野栄之教授らの研究グループは、脊髄損傷マウスに対するヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植における移植細胞から分化したニューロンの機能を、人工受容体技術を用いて初めて解明した。
脊髄損傷は交通事故などの外傷により、脊髄実質に強い外力が加わり障害が生じることで、運動・知覚・自立神経の麻痺を呈する病態。日本での新規脊髄損傷患者数は年間約5,000人、累計患者数は20万人以上に達する。脊髄損傷による神経系細胞の障害・損失は一般的に不可逆的とされ、確立した治療法はない。
研究グループはこれまで、脊髄損傷動物に対するヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植治療の有効性を報告してきた。神経系細胞は損傷して失われると再生しないとされたが、これを補填できる画期的手法として研究が進められた。移植された細胞は脊髄組織内で分化・生着し、多様なメカニズムを介して運動機能を改善するとされる。しかし、治療による運動機能改善の詳細なメカニズムを直接証明する報告は限られていた。
研究では、脊髄損傷マウスに、抑制型の人工受容体(DREADDs※)の遺伝子を導入したヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞を移植。運動機能改善後に、人工受容体の作用を用いて移植細胞由来ニューロンの神経活動のみを特異的に抑制したところ、運動機能が低下した。これにより、生着した移植細胞から分化したニューロンは神経回路に組み込まれ、運動機能の改善の一役を担っていることが示された。
この結果は、本治療の特徴である失われた神経系細胞を補填することの有効性を裏付けるものであり、今後、この移植治療を発展させていく上で移植細胞由来ニューロンの機能向上の重要性を示唆するとしている。
※生体内の受容体を遺伝子改変した人工受容体。目的の細胞に発現させると細胞のみを操作できる。