名古屋大学の研究チームは、ショウジョウバエが若い時期に仲間の求愛歌を聞く経験を積むと、成熟後に歌を識別して行動できるようになるという新奇な学習現象を発見した。
ヒトは幼少期に母語を継続的に聞くことで、その言語が持つ音の特徴を識別する能力を獲得する。このような言語発達のメカニズムの解明には、鳥の歌学習をモデルとした研究などが進められてきたが、その神経機構や分子機構には不明な点が多く残されている。
本研究チームは、ショウジョウバエのオスがメスに求愛する際に発する羽音である「求愛歌」の聞き分け機構の解明に取り組んだ。さえずりを学習するキンカチョウなどの鳴禽類では、幼少期に他の個体の歌を聞いた経験が、その後の歌識別に大きな影響を与える。そこで、ショウジョウバエを若いうちに同種と一緒に育てたり、人工的な求愛歌を聞かせたりして育てる実験を行ったところ、同種の歌を聞き分けて応答する能力が上がることがわかった。
さらに、この経験依存の歌学習が成立する神経基盤を調べた。キンカチョウでは抑制性神経伝達物質「GABA」が関与することが知られているため、分子遺伝学を用いてGABAの産生を抑えたハエを作成した。すると、いくら歌を聞く経験をさせても識別能力は上がらず、歌学習にはGABAが必要であることが確認できた。また、GABAを受け取る神経細胞は、配偶行動を操る役割を持つ「pC1ニューロン」であることも明らかになった。
世界で初めてハエの「歌学習」を発見したこの成果により、言語・歌学習のメカニズム解明のモデル系として多彩な実験操作が可能なショウジョウバエを用いるという、新たな研究戦略の展開が期待される。