福島大学、奈良教育大学、山形大学の共同研究グループは、奈良市内のシカの血縁関係をDNA解析で調べ、管理地区のシカの由来や交配の状況を調査した。
奈良公園の野生のニホンジカは重要な観光資源だが、奈良市ではシカによる農業被害が多発。市内を保護地区・管理地区・緩衝地区の3エリアに分け、管理地区では被害対策で捕獲事業を進めてきた。しかし、管理地区のシカがどこからきたのかは不明だった。
そこで、研究グループは保護地区と管理地区に生息するシカの血縁関係と血縁個体の分布をDNA解析で調査した。保護地区からは奈良公園の2地点(大仏殿前と飛火野)と、奈良教育大学構内のニホンジカの糞30個体分を採取。管理地区(大柳生、田原、東里、精華、狭川、柳生)からは、捕獲した137個体の筋肉サンプルを奈良県より提供を受けた。
その結果、保護地区内では、大部分が奈良公園独自の遺伝的特徴を持つ個体だったが、市外から入り込んでいる可能性は高い。一方、管理地区では奈良市外から移入した複数系統のシカが存在し、保護地区由来と思われる独自の遺伝的な特徴を持つ個体と混在していた。特に緩衝地区の周辺の地域では、奈良公園独自の遺伝的特徴を持つ個体と、奈良市外からのシカと交配しつつあることも分かった。
奈良公園のシカは1000年以上孤立し、独自の遺伝的特徴を残してきたとされる。しかし、現在の奈良市内外のシカの増加と分布の拡大により、奈良公園のシカ集団の長期間の孤立や遺伝的独自性等が変化しつつある現状が示された。今後、「長期的に何を守りたいのか」の議論と、「奈良のシカ」の保護管理や天然記念物としての在り方について社会的合意が必要としている。