畿央大学の信迫悟志教授、森岡周教授、明治大学の嶋田総太郎教授、慶應義塾大学の前田貴記講師らの研究で、失行症を有する患者は「感覚-運動統合」の時間窓が歪んでいるが、明示的な行為主体感(Sense of Agency:SoA)の時間窓は保持されていることがわかった。
脳卒中後にみられる失行症は、運動麻痺や感覚障害がないにもかかわらず、意図的な動作(ジェスチャー、パントマイム、模倣、道具使用など)が困難となる高次脳機能障害である。背景には、自己の運動と感覚的な結果との統合の不具合、すなわち「感覚-運動統合」の破綻があると考えられているが、それが「自分が自分の行為を引き起こしている」「自分の行為によって結果が生じた」という感覚(SoA)とどのように関連しているかは不明だった。
これを明らかにするため、今回、左半球脳卒中患者20名(失行群9名、非失行群11名)に、2つの心理物理課題を実施してもらい、「感覚-運動統合」および「感覚-感覚統合」の時間窓と明示的なSoAの時間窓を定量的に測定して比較する実験を実施した。
まず、左示指の能動運動および受動運動とそれに対する視覚映像フィードバックの時間的一致/不一致を検出する遅延検出課題により、感覚-運動統合と感覚-感覚統合の時間窓(遅延を検出する能力)を比較検討した。その結果、失行群では感覚-運動統合の時間窓が非失行群と比べて有意に延長していた(=遅延検出が困難)一方で、感覚-感覚統合には群間差が認められなかった。
次に、ボタンを押すと画面上の図形(□)がジャンプする課題において、ボタンを押してからどの程度の時間的遅延まで「自分が□をジャンプさせた」と明示的に感じられるか、すなわちSoAが保たれる時間窓を評価した結果、これにも群間差が認められなかった。
以上の結果から、失行を有する患者は感覚-運動統合が破綻しているもののSoAの時間窓は保たれていることが示され、低次の感覚-運動レベルに障害があっても高次の認知的判断レベルを保持するための補償機構が働いている可能性が示唆された。本研究成果は、失行という病態を通じてSoAの生成メカニズムをより深く理解することにつながると期待される。