疾病予防行動や服薬コンプライアンス、重複受診といった健康関連行動(アドヒアランス)は、治療成績のみならず医療財政にも大きな影響を及ぼすことがわかっている。例えば、服薬アドヒアランスの改善は患者の疾病負担だけでなく経済負担も軽減するという報告があるほか、重複受診の常態化による医療費増加が懸念されている。
医療・介護保険財政がひっ迫する中、新たな疾病予防や財政管理に資する長期のリスク評価や予測モデルの活用が望まれる。しかし、アドヒアランスが臨床経済に及ぼす影響の評価は、多様で複雑な因子が絡み合うために、通常の臨床試験で評価することは困難とされてきた。
そこで、東京大学大学院医学系研究科医療経済政策学の田倉智之特任教授らは、臨床経済的な負担軽減を目的に、医療ビッグデータと機械学習(人工知能:AI)を応用して、アドヒアランスが医療・介護費用や生命予後、他の臨床指標に与える影響を長期的(48か月間)に予測するモデル(Adherence Score for Healthcare Resource Outcome:ASHRO)を新たに開発した。東京大学が管理する医療ビッグデータのうち、循環器領域の約5万人のコホートで検証を行い、算定されたASHROと医療・介護費用の対応状況について、コホート内の平均値に対する変位割合から10水準のASHROスコアを作成した。
このスコアにより、対象者(被保険者や患者)の将来の臨床経済的なリスクを予見することができるため、行政者は保険財政(医療・介護)の管理に、医療者は疾病予防の促進に活用することができ、疾病負担の改善と社会保障の発展に寄与できるとしている。また、本グループは現在、筋骨格や腎不全など別の領域についても同様の研究を推進しており、医療全体のシステムの持続的な進歩に貢献が期待される。