東京大学大学院の中澤公孝教授らによる研究グループは、脊髄完全損傷者(下肢の運動・感覚麻痺)の上肢力調節機能が、他の疾患による車椅子使用者や健常者よりも特異的に高いことを発見した。
事故や病気による脊髄損傷者は、損傷された脊髄の高さ(損傷高位)以下で麻痺するため、損傷高位より上位の残存機能により日常生活に適応する必要がある。しかし、従来の脊髄損傷者対象の研究の多くは、歩行能力の再獲得や麻痺肢の回復など、損傷高位以下の身体部位を対象とし、損傷高位より上位の残存機能、特に上肢運動機能の変化に関しては不明だった。
今回、スポーツ経験のある脊髄損傷者8名、健常者10名を対象として力調節課題中の脳活動と脳容積を計測。結果は、脊髄損傷者の力調節能力はとても高く、その際、脳の一次運動野の活動量が少ない「神経伝導の効率化」が生じていた。この現象はプロの演奏家やスポーツ選手などの熟練者に見られる神経系の発達を示す特徴の一つで、脊髄損傷者の脳でも同様の現象が起きていた。また、視覚野への依存度低下が見られ、健常者よりも運動野‐上頭頂小葉間の機能的結合性が高く、脳構造は上頭頂小葉の容積が肥大していた。
これらにより、上頭頂小葉は運動感覚統合や四肢の姿勢感覚を担う領域のため、力調節中の感覚処理・姿勢保持の能力向上により、力調節が安定し視覚野への依存度が低下したとみられる。これらの変化は脊髄損傷者対象の研究には報告がなく、脊髄損傷後にスポーツを行うことで生じた特異的な適応という。
今後は、障がい者が発揮する能力をスポーツや社会生活で活かす仕組みをつくることで、次世代型共生社会の創生に貢献できるとしている。