大阪大学の髙橋京子招へい教授らの研究チームは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の三宅康博特別教授らと協力し、緒方洪庵の薬箱に収められたガラス製薬瓶のうち、開栓できずこれまで不明であった内容薬物について、ミュオンビームを用いた測定により同定することに世界で初めて成功した。
緒方洪庵は大阪大学医学部の源流である適塾の開祖で、優秀な医師でもあった。大阪大学は洪庵が壮年期と晩年期それぞれに使用した2つの薬箱を所蔵している。晩年期使用の薬箱に遺されていた容器(液体または固体の製剤がガラス瓶22本と木製の筒状容器6本)のうち数本は既に開栓不可能な状態だった。これまで、貴重な文化財に非破壊で内容薬物の組成を分析する方法はなかった。そこで、研究チームはミュオンビームを用いた元素分析法に着目した。
ミュオンは電子の約200倍の質量で、電子と同じ大きさの電荷をもつ素粒子。その透過性の高さから非破壊分析の新手法として注目されている。研究チームは、KEKの加速器を使って人工のミュオンビームをつくり、蛍光X線も併用して、蓋上部に「甘」と書かれ白色の粉末が内部に残存していた薬瓶を調査した。その結果、薬瓶は厚さ約3mmの鉛を含むガラス(鉛カリガラス)でできていることが判明。また、内容物からの水銀・塩素のシグナル観測にも成功した。「甘」の文字の薬史学的な考証結果から塩化水銀と判明し、測定結果と一致した。
今回、鉛ガラス容器に封入された薬物の化学組成を世界で初めて非破壊で分析することに成功した。今後、非破壊分析の進展により医療文化財の適切な保存方法・環境の整備につながり、社会にとって有意義な情報が得られるものと期待される。