京都大学と滋賀医科大学の共同研究グループは、カニクイザルの胚を用いた全ゲノムレベルの解析により、霊長類多能性細胞の発生過程における動態を解明、ヒトES/iPS細胞の多能性状態の実態を明らかにしたと発表。英国科学誌「Nature」にて公開された。
哺乳類の初期胚、特に着床後胚を対象とした研究は、技術的および倫理的な観点からほぼすべてマウスを用いて行われている。マウスES細胞は、着床前胚から樹立され広い分化能を持つ「ナイーブ型」を示すことが知られているが、ヒトを含む霊長類ES細胞は、着床前胚から樹立されるにもかかわらず、より分化能の制限された「プライム型」である可能性が示されていた。近年iPS細胞の開発に伴って多能性幹細胞の医療や創薬への応用が期待されているが、霊長類ES/iPS細胞の多能性の実態については知見がほとんどなく、未解明であった。
本研究では、独自に開発した単一細胞遺伝子発現解析法を用いて、ニホンザルの近縁種であるカニクイザルの着床前後胚の全遺伝子発現解析を実施。その結果、霊長類では「原腸陥入」を起こしつつも、マウスに比べ1週間以上安定して多能性状態を維持することを見出した。
さらに、これらのデータを用いて、サル発生過程に伴う多能性状態の変化を特徴づける遺伝子セットの同定にも成功。この遺伝子セットの発現を調べたところ、ヒトiPS細胞は着床後1週間程度のサルの多能性細胞と同等、原腸陥入前のマウス胚と相同な状態であることが分かった。ここからヒト・サル・マウスの3種における多能性細胞の発生座標上での位置関係が明確となり、霊長類ES/iPS細胞はマウスにおける「ナイーブ型」と「プライム型」多能性の中間に位置することも判明した。
この研究は、霊長類多能性細胞の包括的な動態を明らかにすると同時に、学術的な観点からヒト胚発生学において欠けていた知見を補完するものといえる。今後は着床前後の不妊症発症メカニズムの解明をめざす研究などの基盤が形成され、ヒト多能性幹細胞を用いた医療や創薬の開発を推進することが期待される。