認知科学において、誰かが意図的に何かを行ったかという判断がその行為の帰結の道徳的善悪に強く影響を受ける「ノーブ効果」は“心理学的な現象”として研究されてきた。今回、北陸先端科学技術大学院大学水本正晴准教授は、この効果に“言語的側面”も寄与していることを明らかにした。
ノーブ効果は哲学者のJ・ノーブ教授(イエール大学)が2003年に初めて報告した現象で、最も有名な例は以下のものである。
ある会社の副社長が会長に「我々の新プロジェクトは収益を増加させるが、環境に害を与えることになる」と伝えると、会長は「環境に害を与えることなど知ったことじゃない。私は多くの利益を上げたいだけ。その新しいプロジェクトを始めよう。」とプロジェクトを始め、実際に環境は害された。この話を聞いた人に、「この会長は意図的に環境に害を与えたか?」と聞くと大多数(約80%)が「はい」と答えた。
ところが上の文を「環境を改善する」に変え、実際に環境が改善された場合、「会長は意図的に環境を改善したか」と問うと、大多数の人が「いいえ」と答えた。
どちらも営利目的の活動の副次的な帰結だが、その道徳的評価の違いによって、意図的にそれをしたかどうかの判断が全く逆になる。
これまで、この現象は心理学的なものと前提されてきたが、水本准教授は今回「意図的に」という言葉に注目。日本語話者には「意図的に」という言葉と、日常言語として自然な「わざと」、英語話者には「intentionally」という3つの副詞がノーブ効果に与える影響を、言語的な側面から調べた。
被験者には、ストーリーを排除した「彼は意図的に環境を害した」といった文のみを提示。3つの副詞それぞれの使用が「正しく自然」か「正しいが不自然」か「間違い」かを判断させた。その結果、「正しさ」の割合が「intentionally」「意図的に」「わざと」の順に徐々に減少し、「不自然」「間違い」の割合が逆に増えた。
このことから、ノーブ効果というものが、問われた出来事が副次的な帰結であるかどうかとは全く独立して、言語使用の判断にすでに表れるものであり、言語にどの程度道徳的善悪の判断があるかは言語によって異なるということが分かった。今後のノーブ効果の研究は、言語的な側面のデータなしには成立しないことを意味するという。
この研究は、世界的に権威のあるオランダの哲学雑誌「Philosophical Studies」に掲載された。