大学等における性指向や性自認に関するマイノリティ(性的マイノリティ)学生に対する国の施策の動向について概観する。

 マイノリティは、貧困、障がい、発達特性、外国ルーツなどによる社会的少数集団である。マイノリティは、社会的排除の対象となるなど不当な扱いや不利益を被るリスクに直面している。その中でも性的マイノリティは、青年期から孤立や孤独を感じたり、差別、偏見によるリスクを抱えていることが多い。認定NPO法人ReBitが2022年に行った調査によると、十代の性的マイノリティの自殺念慮が全体よりも3.8倍も高かったという(*1)。こうしたデータは当事者である若者が生きづらさを感じていることの証左であり、大学等が当事者である学生を支援し環境を整える必要性を物語っている。

 性的マイノリティの学生に対する大学等の支援については、国の施策に先んじて、国際基督教大学(ICU)などが先駆的な取り組みに着手している。また、総合大学などにおいても支援体制の整備等を進めている。こうした中、政府は、2018年に大学等教職員向けの啓発資料として、独立行政法人日本学生支援機構による「大学等における性的指向・性自認の多様な在り方の理解増進に向けて」をとりまとめ公表した。この資料は、大学等が取り組むべき方策として、①学長や副学長等の下で、実効性・機動性を有する組織を立ち上げ、その組織が検討・実行の役割を中心的に担うこと、②各大学等の建学の理念や特色を考慮しながら、自らの基本理念を掲げ主体的に取り組むこと、③基本理念に沿って各場面に必要となる対応等を明示すること、 ④専門的な人材を配置した相談窓口等の体制を整備し情報共有等を図ること、 ⑤雰囲気の醸成、アウティング(当事者の意思に反する暴露)対応、個々の教員・担当者との調整、高等学校との連携などの役割も必要であること、等が具体的に例示されており、大学が取り組みを進める上での参考となっている。

 さらに、2023年6月には、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律 」(理解増進法)が公布された(*2)。

 理解増進法は、国としての「基本理念」を明示し規定している(3条)。基本理念の概略は、①全ての国民が、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるという理念にのっとり関連施策が行われるべきこと、②相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを旨として関連施策が行われるべきこと、③性的指向及び性自認を理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下で関連施策が行われなければならないこと、である。
 理解増進法にはさらに、基本理念に基づく国・地方公共団体、事業主、学校に求められる役割等が明らかにされている(4 ~ 12条)。理解増進法が求める国の役割のうち、推進体制の整備、学術研究の推進、基本理念に基づく基本計画等の策定、施策の実施状況の公表等については政府の義務となっている。なお、本法は大学等(幼稚園等を除く)に求められる役割について規定している(*3)。大学等の設置者に対しては、性的指向及び性自認の多様性に関する学生等の理解の増進に関し、教育又は啓発、教育環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより、性的指向及び性自認の多様性に関する学生等の理解の増進に自ら努めるとともに国や地方公共団体が行う理解増進策に協力すべきことを規定する。さらに、設置者及び大学等に対しては、学生等が性的指向及び性自認の多様性に関する理解を深めるために、教育又は啓発、教育環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置を講ずべきことを求めている(6条③、10条③)。

 同法は政府に対して、基本理念の総合的かつ計画的な推進を図るための基本計画の策定を求めている(8条)。現在、政府において基本計画の検討が進められているという。こんご基本計画が策定され、大学等が取り組むべき施策の方向性がより詳細に示されることで、大学等における、性的マイノリティの学生支援の取組が一層加速されることが期待される。法律がめざす「包括的な共生社会」に向かっていくことを期待したい。

*1 認定NPO法人ReBit「LGBTQ子ども・若者調査2022」についてHPで公表されている調査結果による。同法人はGBTQの子ども・若者の支援をしている団体で2022年9月4日から9月30日までの間、LGBTQなどのセクシュアル・マイノリティの子ども・若者の、学校・暮らし・就活等の現状に係るアンケート調査を実施し、本件引用を含む調査結果を分析し公表している。(本調査の有効回答は2623人)
*2 理解増進法制定以前は、性的マイノリティに関する包括法がなかったため、当事者団体、支援団体、学術団体、法曹界等が新法の制定等を求めてきた。当初の超党派の国会議員による法案作成から最終的な法律となるまでの過程等で曲折があったが、本稿では、理解増進法が制定されたことの意義に着目しその内容を概観することに主眼を置くこととする。なお、本法の規定は施行後3年を目途として、その時の状況等を勘案し検討を加え、その結果に基づき必要な措置が講ぜられることになっている。(附則2条)
*3 理解増進法の条文では大学を含めて「学校」、学生を含めて「児童等」と規定しているが、本稿ではそれぞれ「大学等」「学生等」と称することとした。

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員

小松 悌厚(やすひろ)さん

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

 

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