秋本番、天体観察には絶好の季節を迎えました。ただ、近年は、天体に交じり多くの人工衛星の姿も目立ちます。それもそのはず、地上からは今、2日に1回以上の割合でロケットが打ち上げられ、大量の人工衛星が衛星軌道上をめぐっています。今や地球上空や月面など、宇宙空間は、宇宙科学研究だけでなく、通信での利用をはじめ各種の宇宙開発に伴うビジネスの対象にもなっているのです。天体からの微弱な光を「虹に分けて」分析する分光技術を活用し、太陽系をさすらう彗星や恒星の爆発現象などの素顔に迫る研究を推し進め、そのための観測機器の開発や天文台の運営を両輪として、独自の教育・研究の道を歩まれてきた河北先生※に、現在のご研究について、また宇宙ビジネスのこれからと、そのための人材育成についてお聞きしました。
※独学で天文学を学び天文学者になられた河北先生。2004年度には、若くて将来性のある天文学者に送られるゼルドビッチ賞、日本惑星科学会04年度最優秀研究者賞、日本天文学研究奨励賞の3賞を受賞。2015年には学生やアマチュア天文家を巻き込み、彗星の分光観測による生命の起源に迫る研究で第一回地球惑星科学振興西田賞を受賞。
今春、宇宙産業で活躍できる人材育成を目指した「宇宙産業コース」※がスタート〜宇宙時代の「常識」をそなえた理系人材の育成を
「・・・3、2、1。発射!」の声がグラウンドに響くと、固体燃料を用いた小型のモデル・ロケットが燃焼音とともに空へと勢いよく発射された――これは京都産業大学・理学部の物理科学科に設置された「宇宙産業コース」の授業「宇宙工学基礎」(3年生対象)での一幕です。地上の常識が通用しない宇宙空間で動作する機器の製作や宇宙ステーション、月面基地の建設など、これからの宇宙ビジネスで必要とされる「宇宙の常識」は、私たちのふだんの(地上の)身近な体験からは得られません。地上に慣れ親しんだ私たちが、宇宙空間や月面での常識を理解するために役立つのが、この世界のルールである物理学。たとえば、宇宙空間や月面では空気がなく、太陽の光が当たっている場所と日陰の場所では200度以上の温度差が生じ、金属でつくった物体は熱膨張の違いによって、形がゆがんでしまう。また、宇宙線や太陽風と呼ばれるエネルギーの高い粒子がたくさん降り注ぐことで、プラスチックやガラスは劣化する。こうした「宇宙の常識」は、宇宙空間をビジネスの場として活躍することになる今の若い人たちにとって、必須のものとなるでしょう。
宇宙を舞台として様々なビジネスを展開する時代において、様々な「ものづくり」を進めることができる理系人材を育てていきたい、そんな想いから、京都産業大学では様々な物理学を専門として学ぶ理学部・物理科学科に、「宇宙産業コース」を設置しました。
※物理科学科では、2024年に「宇宙産業コース」とあわせて「半導体産業コース」も開設しています。
これまでの研究を宇宙でも展開、宇宙ビジネスの新たな可能性も探りたい
今やわたしたちの頭上には、1万を超える人工衛星が飛び交い、ロケットや衛星の開発競争や、各国による月面探査など、宇宙を舞台にした開発やビジネスの話題に接しない日はありません。まさに本格的な宇宙産業革命がおこっており、新時代の幕開けと言っていいでしょう。
その中で、ロケットの開発/打ち上げに象徴されるように、近年は宇宙ビジネスの民間への移行が急速に進んでいます。予算規模の小さいロケットに搭載する観測機器の開発はまさにその主戦場で、キーワードはコストダウンのための小型化。そのためには観測目的の明確化と、高性能、軽量化が求められていますが、現在、そうした技術開発に世界中がしのぎを削っています。
私はこれまで、宇宙の天体から届く赤外線を地上の望遠鏡で集め、分析する、という手法で宇宙の謎を探ってきました。そのために必要な高性能の分析装置は、企業との協働によって開発し、世界を相手に成果を競っています※。一方、人工衛星がこれだけ手軽に利用できる状況を受けて、地上からだけではなく宇宙から観測を行うことも視野に入れ、赤外線の分光分析装置を小型化し、これを搭載した超小型衛星を実現しようと開発を始めました【写真下:分光器の原寸大模型】。
これからは、地球を周回する衛星から「宇宙望遠鏡」として私の研究対象である彗星や新星を観測するだけでなく、地球の大気を観測し、二酸化炭素など温暖化ガスが大量に排出されている地域を常時チェックするなど、ビジネスへの応用も目指せるのではないかと考えています。ここ数年は日本のJAXAや欧州宇宙機関(ESA)が進めている彗星探査計画(Comet Interceptor:コメット・インターセプタ―)にも積極的に関わっていて、いつか自前で超小型衛星を飛ばしたいと考えています。
※京都産業大学は、今年8月に京セラ株式会社および株式会社フォトクロスと包括協定を締結し、3者で協力して宇宙ビジネスの推進にも取り組んでいます。
宇宙はまさにニュービジネスの宝庫〜これまでの地上のビジネスのすべてが求められる?
学術的な科学研究に加えて、さまざまな宇宙利用や資源探査にも注目の集まる宇宙ビジネスですが、それとともに、様々な分野で人材不足が早くも懸念されています。
一例を上げれば保険分野です。衛星の打ち上げには失敗はつきものですから、大手の保険会社は軒並み宇宙保険を商品化しています。打ち上げに際してのリスクの確率から掛金と補償額を算出し、さらに打ち上げ後に衛星が正常に稼動するかどうかも考慮に入れる。ここで求められるのは、衛星の打ち上げから宇宙での稼動までの成功確率について、物理学の知見をもって判断できる人材です。しかし現時点では、そのような人材は世界中を見渡しても両手で数えられるほどしかいないと言われています。
法律分野でも課題があります。宇宙ゴミの清掃は誰が責任を負うのかなどです。つまりこれまで人類が営々と築き上げてきた制度、ビジネスのすべてが、そっくり、いわば《宇宙版…》として求められ、それに対応できる人材が求められるようになってきたのです。ますます増え続けていく衛星の数に比例して惹き起こされる様々な課題に、対処できる人材の供給が追いついていないのが現状です。
急がれる人材育成と、大学に求められること
ではどんな人材育成を企業は大学に求めているのか。あるロケット部品メーカーからは、専門的な技術教育は社内でできるから、大学では、それを学ぶのに必要な基礎力をしっかりと身につけてほしい、という声が聞かれます。例えば、人工衛星の姿勢を変えるのにはどういう原理が働いているかを学んでおいてもらえば、自社製品がどのような工夫で高性能化されているかがスムーズに理解できる、といった具合です。
科学技術の進展に伴い、学生が学ぶべき理系の知識・技術は増え続けています。一方で高校卒業時に到達する理系のレベルは昔とさほど変わっていない。そのため大学の学部が4年制のままであれば、その間で基礎から最新技術までを網羅的に身に付けるのは現実的には難しいと考えられます。とすると、大学、学部としての選択肢は、基礎教育を多少薄くしてでも実社会で即戦力となる応用を学んでもらうか、基礎教育をしっかり行い、応用については導入を行いつつも本格的には企業の教育に委ねるか、のどちらかしかありません。
こうした中で本学部では、創立以来の伝統である、「社会を支える科学技術の、その基礎を担う」というスタンスを貫いていきたい。ちなみに本学は今年度、経済産業省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」で「応用基礎レベル」の教育プログラムが認定されましたが、理学部では全国的にも珍しく、こうしたデータサイエンス関連科目を必修科目にしています。理系人材にとって、必須の基礎と考えるからです。
京都産業大学は1965年、理学部と経済学部の2学部で創立され※、2025年には創立60周年を迎えます。その原点は、現代科学技術と産業の土台である理学と経済・ビジネスを両輪として教育・研究を推進していくというところにあります。これを宇宙ビジネス時代に当てはめれば、理学部においては宇宙ビジネス時代に必要な物理学の基礎を学び、それをビジネスとして産業へ結びつけることができる素養を身につけるということもできます。そしてこれはあくまでも個人的な思いつきですが、自前での衛星開発、さらには衛星の打ち上げは、まさにそれを象徴する一つの事業になるのではないかと考えています。
※宇宙物理学者、天文学者として著名な荒木俊馬博士が創設し、私学では国内最大の望遠鏡を有する。ノーベル賞受賞者の益川敏英博士も理学部教員として活躍した。
私立大学では国内最大となる口径の反射望遠鏡を設置する神山天文台
高校生へのメッセージ
大事なのは、学び方、研究の仕方を学ぶこと 理系志望者は、常になぜという疑問を持ってほしい
私は、学部や大学院修士課程は、研究の仕方を身に付ける場だと考えています。工業高等専門学校で電気工学を学び、大学に編入して情報工学を学んで電機メーカーに就職した私は、幼いころからの宇宙への憧れを捨てず、独学で天文学を学び専門家になりました。独学で夢が叶えられたのは、研究の基礎となる部分とその仕方を高専、大学で身に付けていたからだと思っています。一つの分野を突き詰めておけば、その経験が別の分野でも通用する。特に理系ではそれが当てはまるのではないでしょうか。現在、AI、機械学習をベースにした技術革新が社会の注目を集めていますが、機械学習を理解するための代数学の基礎知識があれば、それについていける。そして数十年後、いやもっと早く、次の技術革新が起きた際にも、その元になる基礎を押さえ、研究の仕方を身に付けておけば恐れることはないはずです。
高校生、特に理系を目指すみなさんには、日頃からなぜという疑問を意識的に持つように《訓練》してほしい。疑問は意識しないと浮かばないものだからです。ニュースであれ教科書の記述であれ、それについて疑問を抱くことが理系の研究の出発点です。もちろん答はすぐに見つからないかもしれません。ただそのなぜを起点に、この原理はどんなものに応用できるだろうかとか、他の何かに使えないのかなどと関心の幅は広がっていきます。大学での学びは、そうした関心の先にあるもの。ぜひ、ふだんからなぜを探してみてください。
京都産業大学 理学部 教授
河北 秀世先生
京都大学にて情報工学を学んだ後 、電機メーカーに就職。28歳で群馬県立天文台の職員。2005年に京都産業大学講師、2010年から教授。大阪府立工業高等専門学校(現、大阪公立大学工業高等専門学校)出身。