大阪大学の研究グループは、胎仔の発生期における鉄欠乏がオス化を阻害し、メスへの性転換を誘導することをマウスモデルにより明らかにした。
Y染色体上に存在し、精巣形成を開始する遺伝子Sryは、ほ乳類における「オス化」を担う性決定遺伝子として知られる。これまでに、Sryの発現には、ヒストン脱メチル化酵素KDM3AによるヒストンH3の9番目のリジンのジメチル化(H3K9me2)の脱メチル化が必要であることがわかっている。さらに、KDM3Aの酵素活性には鉄(Fe2+)が必須であることも知られる。しかし、実際に鉄代謝がどのように性決定に関与しているのかは分かっていなかった。
そこで本研究では、性決定期のマウスモデルを用いて、鉄代謝と性決定の因果関係を検証した。まず、マウスの胎仔の生殖腺で鉄の取り込みやFe2+産生経路が特異的に活性化していることを突き止めた。さらに、鉄の取り込み阻害やFe2+を除去した条件を用意すると、H3K9me2脱メチル化の阻害、Sryの発現低下が確認され、結果としてオス化の抑制とメス化の亢進(オスからメスへの性転換)が生じることも発見した。
あわせて、妊娠マウスの子宮内での急性鉄欠乏モデル、妊娠前から鉄欠乏食を与えた長期モデルでもそれぞれ検証した。その結果、やはり胎仔の生殖腺でSry発現が有意に低下し、オスからメスへの性転換が引き起こされることを確認した。
これらの結果は、鉄の十分な供給がオス化性決定遺伝子Sryの活性化に不可欠であり、性決定に重要な役割を担うことを示したとともに、母体の鉄状態が胎仔の性決定に直接影響を及ぼしうることも実証したものである。妊娠中の鉄欠乏は、世界中で注目されている公衆衛生上の課題であることから、鉄欠乏による性決定破綻の可能性が社会に与えるインパクトは極めて大きいと考えられる。ただし、本研究結果が直接ヒトにも当てはまるかどうかは、今後慎重に検証していく必要があるとしている。
論文情報:【nature】Maternal iron deficiency causes male-to-female sex reversal in mouse embryos