工学院大学では2016年4月に、情報学部の組織改編が実施されました。従来のコンピュータ科学科と情報デザイン学科に加えて、新たにシステム数理学科と情報通信工学科を設置。計4学科の編成により、従来以上に情報学の幅広い研究領域を網羅することのできるカリキュラムが整えられました。
こうした組織改編によって、同学部では、どのようなスキルを持つ人材の育成を目指そうとしているのでしょうか。決断の背景には、世界各国で近年急速に進行しつつある「第四次産業革命(Industrie 4.0)」と呼ばれる情報社会の変化と、それに伴う技術や人材の需要の変化がありました。
あらゆる産業がつながる社会に向けて
「第四次産業革命とは、簡単に言うと、社会の中であらゆる産業が縦横につながって、密接に連携していくような状況を指します。企業の経営や現場、店舗、顧客、すべてがつながり合うことで、資源や労力やエネルギーを無駄にせず、よりよい商品やサービスを、より効率のいい形で提供していこうという考え方です。しかし、詳細な取り組みは国によって微妙に異なります。」と話すのは、同学部システム数理学科長の三木良雄教授。
ドイツではノビリアというキッチン家具メーカーの取り組みがIndustrie 4.0の具体的な姿として取り上げられています。同社は家具の部材へのID付与とロボットによる自動生産体制を導入し、注文時から材料調達、加工、組み立て、出荷に至るまでのプロセスを完全にデータ管理。オーダーメイド製品の短期間・低価格での製造・販売を実現しています。ドイツではこうした第四次産業革命的取り組みを、国家全体で推進していこうという機運が見られるそうです。
また米国では、ゼネラル・エレクトリックが自社製造の航空機用エンジンにセンサーを取り付けて稼働状態を常にモニタリングしてデータを掌握することで、保守タイミングの最適化や製品利用の改善を提案し、利用者のコスト削減などに役立てようとしています。こうした動きは、米国では主に大企業が中心となって実践しているのが特徴だと、と三木教授は話しています。
一方、日本国内でも、産業界を中心に、企業や社会に蓄積されている膨大な量のデータを活用するための研究が進められています。そうしたビッグデータや人工知能のテクノロジーを用いれば、社会の中のさまざまな事象をくまなくセンスし、数理モデルを作り、社会全体の近未来予測をコンピュータのスピードで行うことで、人間が発想できないような行動の提案も可能となります。つまり、コンピュータを使って効率を上げるだけでなく、実社会とコンピュータの世界が一体となって働くことで、自律的に社会全体が最適化されていくような形態が実現するのです。
こうした社会の変化に対応できる人材を育成するため、工学院大学情報学部では、従来の情報学の枠組みを超えたユニークな指導が行われています。三木教授が教鞭を執るシステム数理学科では、学生に経済関連の教育や企業や地域とのプロジェクト参加の機会を提供し実社会の動きを体感し、そこで得られたデータから数理モデルを構築し、さらにそれらを処理するためのICTシステム構築の教育に取り組んでいます。こうしたスキルの習得により、将来、企業や社会の情報システムを自身で構築するだけでなく、経営やマーケティング、企業情報の戦略立案もできる能力が身につく、と三木教授は話しています。
コンピュータと人間の二人三脚のような連携
三木教授の研究室での具体的な研究事例として、路線バスの利用状況分析の研究があります。日本国内での路線バスの利用者数は実績として減少し続けているのですが、少子高齢化社会が進行し続けている中、各地の市町村でのアンケート調査では、将来的な路線バスの需要はむしろ上昇傾向にあるそうです。路線バスの運営会社が将来の需要増に的確に対応するためには、バスの利用状況をデータから分析し、さまざまな業務改善を実施していくことが不可欠になります。
三木教授によると、路線バスは走るセンサーとして、地域住人の行動を正確に反映しているそうです。国勢調査や気象情報を基にした乗降者数の予測モデルを作ったところ、その日、そのバスで何人が乗り降りするか、バス一台あたりわずか誤差0.5人に収まるほどの高い精度での予測が可能になりました。こうしたモデルを応用すると、バス路線や運行計画の最適化のみならず新規のバス路線を検討する際のシミュレーションにも活用できる、と三木教授は言います。
「コンピュータやネットワーク環境、人工知能のレベルがどんどん上がってくると、人間は追い抜かれてしまって存在価値がなくなってしまうのではないか、と考える人もいますが、私は、社会が社会である以上、その中心が人間であることは変わらないと考えています。人間が自分自身でよい方向に進んでいこうとする価値観を持てば、コンピュータはそれに合う答えを提案してくれます。コンピュータと人間とが、二人三脚のように連携して、自然とよりよい方向に進んでいけるような社会になるといいですね」
人間とテクノロジーが二人三脚のように力を合わせて、将来にわたって持続可能な暮らしを営んでいける社会。そうした未来を実現するために必要なソリューションやシステムを生み出せる人材が、工学院大学情報学部から大勢巣立っていくことが期待されています。