今回のススメ!理系特集は、「目指せ!博士課程」とのことで、以下、「僕がもし博士課程に戻ったら、今日から今すぐ始めたい3つのこと」というタイトルで、立命館大学の博士後期課程のみなさん向けにお話させていただいた講演内容のダイジェストを紹介します。紙面の都合上、詳細は尽くせませんが、疑問が残る箇所があれば、近著『学問からの手紙」(小学館)をご参考に。きっとヒントになると思います。

1:本当の「専門」を究めようとすること

 大学院博士課程に進学するということは、特定の専門を究めるためということになります。しかし、そもそも《専門》とは何か。よく対義語として《教養》という言葉が使われますが、僕は違うと思っています。しいていうならそれは《全体》です。全体を知ろうとしない専門は単なる《個別》で、それは突き詰めれば突き詰めるほど狭く細かくなるもの。ほんとうの意味での専門とは、その目的が全体に通じているがゆえに、突き詰めれば突き詰めるほど深くなるものです。深くなるとは、例えば、「自身の問いを(学問として)突き詰めるということは、いったいどういうことなのか・・・」、あるいは「〈科学する〉とはいったいどういうことなのか・・・」といった存在論にも似た認識に触れる思考を持つことです。

2:言葉を大事にすること

 言葉を大事にするといっても、「博士課程に進学するなら、ぜひとも文学や芸術等の科学以外のものにも触れてください」などというアドバイスをしたいのではありません。科学で使う数式も言葉ですし、科学的理論こそが普遍であると思うその意識すら言葉によるもの。言葉こそが全てなのです。かの数学者岡潔は「数学は理論ではなく情緒である」と言いましたが、つまるところ、このことを言いたかったのだと思います。みなさんにはぜひ、このフレーズを自分のものとして腑に落としてほしいと思います。博士課程のみなさんにとって、これを意識することは、現状の〈科学〉に違和感を持つことにつながるかもしれません。でも、それは同時に未来の〈科学〉を正しく導くことにもつながるはずです。

3:「まずは専門を身に付ける」に囚われないこと

 「T型人材」という言葉をご存知でしょうか。これは一つの専門を究めた後に他の分野にも精通することが大事であるという考え方に基づく概念です。しかし私は、これを疑っています。たしかに私自身の経験からも、他の分野のことが何となく「わかる」ようになってきたのは博士号を取得した後でした。しかし、専門性を身につけるということは、そもそもある固定した思考パターンに囚われるということでもあります。情報や選択肢が氾濫し、多様性が重視されるこれからの時代では、専門性もさることながら、時代の空気の微妙な変化を感じ取ったり、通念に囚われず自身の信念に正直に行動したりすることも求められる。だとすれば、専門性をまず身につけてから他の分野についても理解を広げるというのでは、やや時代遅れではないかと感じるのです。
 「私たちは、知らず知らずのうちに思考の殻を纏っている」。このことを常に自覚しつつ学ぶこと。それこそが、研究者としてまっとうに成長していくための糧だと思います。自分の中に、自分を疑う目をしっかりと養ってほしい、自戒を込めて。(続く)
 

京都大学
学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生
1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。
2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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