事業性評価研究の第一人者として金融界に貢献
今、金融界は大きな転換を迫られている。令和元年末に銀行融資の指針である「金融検査マニュアル」が廃止され、事業性評価融資の推進というエポックな動きが起きている。事業性評価融資とは、これまでのように決算書や保証・担保だけでなく、事業内容や将来性なども吟味して融資の可否を判断する評価法である。
事業性評価の重要性は数年前から取沙汰されており、ノウハウの修得を急ぐ数多くの地域金融機関がその知識を求めた。そこで大きな役割を担ってきたのが追手門学院大学(大阪府茨木市)経営学部の水野浩児教授だ。水野教授は様々な金融機関で事業性評価の研修を担当してきたほか業界誌への寄稿などで知られる、この分野の第一人者である。
「事業性評価は簡単そうに見えて意外に難しい。いろんな地域金融機関がこの分野の研究者を探し、私を発掘してくれたのが始まり」と水野教授。検査マニュアル廃止の元年ともいえる令和2年1月には、近畿財務局が企画・主催した事業性評価の連続講座が開催され、講師を務めた。定員50名のところ管内の地域金融機関から約70名もの幹部職の参加があったことからも関心の高さがうかがえた。
「近畿財務局(若手有志メンバー「ちほめん」)が全面に出てきたのは画期的な出来事でした。金融庁の人でも実務面はなかなかわかりません。私は研究者になる前、15年間銀行に勤務し、銀行の決算も経験するなど実務も理解していますので、地域金融機関と金融庁の温度差を埋める調整役を果たすとともに、これからの地域金融の考え方を広めるプラットフォーマーの役割を担っていきたいと思います」
金融機関は管理職の意識改革が急務
事業性評価の研修や講演において、水野教授が常々強調するポイントがある。まずは債権の本質的意義を認識すること。日本には債権者上位の考えが根付いているが、双方の合意に基づいているのであって両者は同格である。債権とは結局のところ、債権者と債務者が恊働で同じ目的に向かうためのもので、債権者(金融機関)が債務者(企業)をどう育てていくのか——その意識が重要だという。さらに事業性評価の阻害要因にも言及。「毒管理職の存在」という厳しい言葉が放たれる。
「管理職の意識改革は必須です。組織内に毒管理職がいる限りは何も進まない。金融機関の方々に強くお願いしているのが、若手行員を潰さないこと。実際に事業性評価に携わるのは若手です。そうした行員のモラルを下げる関わりは絶対にやめてほしい。私には教育者の目線がありますから、せっかく育てた宝を潰されたくありません。このことは学生たちの保護者の気持ちで強調しています」
事業性評価をはじめとする新しい経営モデルのもと、今後、地域金融機関はどこへ向かうべきか。水野教授はこう見通す。「事業性評価の行き着くところは金融機関が人材育成機能を発揮すること。そして人材輩出機関になることです。これまでのような出向とは違い、行員が債務先の経営者として移籍する時代が必ずくる。うまくいけば地域の人材不足、後継者不足の切り札となるでしょう」
新型コロナウイルス対応は「事業性評価の本番」
金融機関が優秀な人材を地元企業に送り込めば、自らのバランスシート改善にもつながる。地域金融機関は地元企業との結びつきをより強めて、支えていかなければならない。新型コロナウイルス感染症が経済に深刻なダメージを与え、関連倒産も起きているこの状況は(=収録時)、その試金石ともいえよう。水野教授はコロナウイルスをめぐる状況を「事業性評価の本番の始まり」とし、「心理的安全性を担保できる相談体制が構築できれば支えられる。金融機関幹部が音頭をとり、地元企業と本気で向き合えるかどうか。そのためにも若手行員のやることを否定しないのが大事」と、否定から入る組織文化を見直す契機となることにも期待する。
「今後、金融機関に求められるのは覚悟。引当や債権者区分について金融行政のほうを見る必要がなくなった今、自分たちの判断がそのまま正解になる。言い換えれば覚悟の中に正解がある。自信をもって債権者と向き合ってほしい。これが金融機関へのメッセージです」
研究は「社会に役立ってナンボ」、「研究者仲間が宝」
上述のような社会貢献活動について水野教授は「私一人ではできないこと」と語る。同大学の経営学部には財務会計、管理会計、マーケティングなど多彩な分野の専門家が揃っており、「優秀な同僚から意見やエビデンスをもらえるのが大きい。研修の資料づくりの際には他の教員が一緒に監修をしてくれる。だから自信をもって言い切れます。一連の活動は本学経営学部の一員だからできていることなのです」
研修や講演を通じて、数多くの金融機関の共感を得られれば、その影響は取引先企業、その従業員、その家族へと波及していくことになり、それが積み重なれば数十万人、百万人もの人々を助ける結果となる。水野教授が社会貢献活動を続けるモチベーションである。「研究は社会に役立ってナンボ」、「研究者仲間が宝」という水野教授のスタンスは、これからも変わらない。
昭和43(1968)年生まれ。追手門学院大学 経営学部教授・学部長・ベンチャービジネス研究所所長。大建工業株式会社(東証1部上場)社外取締役 コーポレートガバナンス委員長・指名報酬委員長。これまでに大阪府公安委員会 大阪府特殊詐欺対策審議会委員、中小企業基盤整備機構 企業連携支援アドバイザー、兵庫県嘱託診断委員などの社会貢献活動に携わってきた。また、長年にわたりラジオ番組に出演、現在ラジオ大阪「水野浩児の月曜情報スタジオ」を担当している。おもな著書に「金融検査マニュアル廃止とベンチャー企業におけるABLの活用」(代表編者)、「コンサルティング機能向上講座「コンサルティングのポイント」(単著)など。