今や感染症と聞けば、新型コロナウイルスを思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、感染症はウイルスに限ったことではない。海の向こうでは現在、ある病原体が別のパンデミック(世界的流行)を引き起こしていることをご存じだろうか。その名は‶カンジダ・アウリス”。医学用語では真菌と呼ばれる‶カビ”の一種である。アジア、ヨーロッパ、北アメリカなどで多数の感染患者を出し、敗血症によって亡くなる人が後を絶たない。

 その第一発見者であり、真菌研究をリードする世界的研究者がいる。帝京大学大学院医学研究科の槇村浩一教授である。迅速かつ高精度で実施できる遺伝子診断法を開発するなど、今後懸念される国内での流行に備えた準備を進めているという。

 カビと聞くと、汚い・不快などといった良くない印象も付きまとうが、地球環境や人間にとっては欠かせない存在だ。動植物の死骸を分解し、土壌を健全に保ち、さらには食料品や医薬品まで作り出す。どれもカビの働きによるものだが、‶カンジダ・アウリス”のように人間の健康を害する病原真菌に分類されるカビも存在する。

 「空気中に漂う胞子を吸入し、感染することで肺や肝臓、脳にカビが繁殖する、深在性真菌症の死亡例も日本で増えています。その背景に、医療の発達による影響があることは否めません。抗がん剤などによる治療方法が進歩し、助けられる人が増えた反面、治療により免疫抑制状態にある人が増加したために真菌症も増えたのです。生物の起源から考えると私たち人間とカビは、近縁関係にあり、そのことも病原真菌だけを死滅させる医薬品の開発を困難にしています」

 地球上のカビは、未知の菌種を含めると数百万種におよぶといわれる。槇村教授は、その分類にあたって遺伝子同定を行い、特許も取得してきた。しかし、‶生きた状態”で観察してこそわかることがあると考えている。ちなみに、患者さんから培養された‶カンジダ・アウリス”を初めて見た時の印象を、「だらしない‶顔”をしていて、病原性があるとは思えないものでした」と振り返る。‶生き物が好き”という理由から医学部に進んだ、槇村教授ならではの表現である。

 真菌症の基礎研究と診断治療体制確立をめざす槇村教授だが、研究対象は宇宙空間の真菌にまで広がる。現在進めているプロジェクトの一つが、月面の土壌創成だ。人間に牙を剝かない微生物によって、月面基地における生活環境を植物で彩るなど、テラフォーミング(惑星地球化計画)に貢献しようとしている。

 「カビが生え、ヒトが生きる場所、すべてが研究のフィールドです。課題は山積していますが、今の日本には研究の土壌が涵養されていません。私が知るところ、カビに関する研究機関を有する大学は、帝京大学を含めて現在一握りです。その意味でも、私たちの研究グループが中心的役割を担う必要があり、産官学での共同研究も行いたいと考えています」

 帝京大学の医真菌研究グループには、世界各国から研究者が集う。さらに裾野を広げるため、成果をまとめた論文の発信にも余念がない槇村教授。‶格物致知(かくぶつちち)”を信条に、カビにまつわる問題を究明する旅は終わらない。

槇村浩一教授の研究動画はこちらからご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=XaHDuI85la8

 

01.槇村教授は1994年に帝京大学大学院博士課程(医学)修了後、同大学医真菌研究センターの講師、医学部教授を経て、2012年より現職。主な研究領域は、医真菌学、宇宙環境医学、労働衛生学、博物学。

 

02.世界初のパンデミック真菌症の原因菌「カンジダ・アウリス」。槇村教授はその発見者であり、命名者でもある。

 

03.従来のスライド上で培養して観察する手法ではなく、進歩した「デジタル顕微鏡」を活用。三次元像として、培地の上で菌糸が伸びていく様子など“生きた真菌”の姿を観察することに注力する。

 

04. 生きた状態で「アスペルギルス・フラブス」の撮影に成功して以来、カビの姿の美しさに魅せられた槇村教授。現在も撮り続け、さまざまな菌種の姿を収めた写真集『医真菌100種 臨床で見逃していたカビたち』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)は一見の価値あり。

 

05.この「JAXAミッションエンブレム(デカール)」は、槇村教授が国際宇宙ステーション(ISS)の実験棟「きぼう」船内における微生物研究に関する一連のミッションのために、自らデザインしたものの一つである。

 

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大学ジャーナルオンライン編集部

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