「グリーンインフラ」ってなに?

本年8月、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が地球温暖化の原因は二酸化炭素などの温室効果ガスの増加であるとこれまで以上に強く打ち出したことで、世界各国の気候変動への対策、温室効果ガスの排出量削減の動きは一層加速されています。それに伴い、環境ビジネスの展開も活発です。一方で、日本ではまだ注目度の低い生物多様性の保全も新たな問題として浮上するのではないかと予想されています。こうした中、キーワードとして期待されるのが国(国土交通省)も後押しする「グリーンインフラ」。環境政策学の観点から研究されている西田先生にお聞きしました。

 

ゲームで生物多様性を知り、グリーンインフラづくりにも貢献

 最初に面白いアプリを紹介します。ゲーム感覚で動植物の写真を撮り投稿したり、名前を検索したり、他のユーザーがアップロードした情報を図鑑代わりにできる「“いきもの”コレクションアプリBiome」【写真①】です。日本国内の約9万2800種の動植物を収録していて、既に40万回ダウンロードされ、アクティブユーザは、1万人を超えると言われています。

 

 

運営するのは株式会社バイオーム。大学院時代を過ごした京都大学発のベンチャーで、その縁から、研究室の学生をインターンに派遣するなどしていましたが、この夏、本学は大学として初めて正式に業務提携し、教育用コンテンツの開発などを共同で行っています。

 生物多様性の保全が難しいのは、それを計測する指標がないこと。まずは地球上に生物がどれだけいるのかを調べることが必要ですが、このアプリケーションは、ユーザーが「都市にもこんなに生き物がいるんだ!」などと、その多様性に気づき、楽しみながらその維持に一役買える可能性を秘めています。また街路樹のモニタリングや、生き物の生息地の変化から周囲の温暖化を見るなど、様々な使い方ができると期待しています。

 そもそもグリーンインフラとは、一言で言えば自然の機能を活用してインフラを整備するという概念。もう少し詳しくは、社会資本整備や土地利用において、自然環境の持つ多様な機能(生物の生息、生育の場の提供、良好な環境形成、気温上昇の抑制等)や仕組を一つのインフラと捉えようということ。自然を「守る」、維持するという目的に加え、それを積極的に「活用していく」点に新しさがあります。わかりやすい事例が防災・減災に向けた活用。近年は温暖化の影響で、各地でこれまでに経験したことのないようなゲリラ豪雨が発生し大きな被害をもたらしています。

 このゲリラ豪雨、予測が難しく、また国の財源が乏しいこともあり、その対策に堤防を一気に増やすというわけにはいきません。今や、「何としても防ぐ」とともに「いかにリスクを下げるか」という考え方が必要となります。そこで「流域治水」という画期的なアプローチがあります。雨を素早く川に集めて海に流すのではなく、広い面積でゆっくり貯水してからゆっくり川に流し、災害リスクを下げる。必要な関連法案もこの春整備されました。例えば、自然再生に貢献する遊水地(静岡市)【写真②】の活用や、市街地では、雨水貯留浸透機能を備えた植栽帯の整備を進めることがあるかもしれません。コストが下がることや、景観の改善により、人が滞留することで経済の活性化も期待されます。世界的にもこの取組は広がっていて、都市が急成長する事例も出てきました。

 私たちは今、そのグリーンインフラの適地探しにBiomeを使って挑戦しています。クエスト機能を使って利用者に、主に湿地に生える植物を探してもらいます。そしてそれを集めて分析することで、一般の人でも簡単に適地が探せるのではないかと期待しています。すでに7月から茨城県守谷市でその実証実験※を始めていて、10月までかけて「じめじめ植物からグリーンインフラのタネを探そう!」というクエストを設定、子どもを含めた市民による「AI Moriyaいきもの調査隊」に呼びかけました。クエスト達成者は最大5000円相当の地域通貨Moriya green pointがもらえるというインセンティブもあり、地産地消の食品などが購入できるなど、消費も喚起すると好評です。楽しく、お得感もあり、しかも社会インフラづくりに貢献できるのです。

 

 

※「守谷グリーンインフラプロジェクト」:4年目に入る守谷いきもの調査隊の一環。株式会社バイオームと屋上緑化で実績のある東邦レオ株式会社、株式会社福山コンサルタントと本学によるプロジェクト。令和3年国土交通省のスマートシティ関連事業で「グリーンインフラ×スマートシティ自然共生型スマートシティモデル事業」として選定されている。

 

ESG投資、金融業界からも注目!

 私の専門は環境政策学、自然環境の価値を活かして社会課題の解決を図ることを研究テーマとしています。このため、研究室だけで活動することは少なく、多くの場合は行政機関(国や自治体)や企業の皆様と連携させてもらいながら研究を進めており、特にグリーンインフラに関するプロジェクトには様々な形で参画させてもらっています。

 また、最近では、ESG投資(社会、環境、ガバナンスを考えた投資)が、金融機関や投資家から大きな注目を集めています。国連開発計画などによる「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」(企業の事業活動がもたらす「自然資本」へのリスクと機会を適切に評価、対外的に報告できることを目指す)の発足を受け、「自然資本」というものに投資家が敏感になりだしたからではないかと考えています。

 自然資本とは「森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本(=ストック)」。例えば木材を扱う企業であれば、木を伐採した後の環境へも配慮しなければならないということ。扱うものが水や鉱物であっても同様で、来春から東証一部に代わるプライム市場では、今後、こうした自然情報の開示も求められる可能性があります。すでにヨーロッパでは、大手投資機関がその評価方法を考えるなど、新たなルールづくり、対応する最先端の環境技術の開発が始まっていて、今後この流れが日本にも波及する可能性は極めて大きいと考えられています。

 この10月には、国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催されました。温室効果ガスの排出削減に加え、世界では今後、このような自然資本との関連で生物多様性を重視する姿勢はますます強くなると予想されます。健康な水には、様々な微生物に始まり豊かな森林が欠かせないというように、生物多様性は原材料の調達にも直結します。多様性は一旦失われ始めると元に戻すには膨大なコストがかかりますし、絶滅したものは元へ戻すことができないのです。

 

 

高校生へのメッセージ 生命科学を分野融合で学び、脱炭素社会に貢献

 生命科学部、特に産業生命科学科は、生命科学について学び、その知見をベースに社会課題の解決に取り組む学科です。生き物の研究が好きな人だけでなく、様々な人と協働して社会課題を解決する政策やビジネスに携わりたい人なども集まっています。企業活動とどう結びつけていくのかを考えるには、経済学的な視点も必要です。海外とのやりとりでは英語も必要です。地理や歴史、政治経済にも視野を広げておく必要もあります。まさにSTEAM教育(Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics)を意識し、文理融合、分野横断で学んだ人が活躍できる世界が開かれています。

 バイオから生物多様性・グリーンインフラまで、これほど幅広く生命科学を学べる学部はそれほど多くはないと思います。在学中から企業や自治体と協働する機会もありますし、卒業後は、バイオ・環境分野だけでなく、公共部門、金融、建設・建築分野など多岐にわたるキャリアが考えられます。新しい価値観が生まれる時代には、新たな市場が生まれ、経済活動も盛んになります。本学部で共に学び、その学びを活かして持続可能な社会構築に貢献してほしいと思います。

 

京都産業大学 生命科学部 産業生命科学科 准教授

西田 貴明先生

2004年京都府立大学農学部卒業。2006年京都大学大学院理学研究科生物科学専攻修士課程修了、2009年同博士後期課程修了、博士(理学)。2006年から2009年、日本学術振興会特別研究員(DC1)。2009年4月から、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、政策研究事業本部の研究員として、官庁の様々な政策研究調査や民間企業の環境経営のコンサルティングに10年間従事。2019年4月より現職。国土交通省グリーンインフラ官民連携プラットホーム運営委員。神奈川県立七里ガ浜高等学校出身。

 

京都産業大学

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京都産業大学は、文系・理系合わせて10学部18学科、約15,000名がひとつのキャンパスで学ぶ一拠点総合大学です。この利点を活かし、実社会で生きる高度な専門知識とスキルを養うとともに、学部を越えた知の交流により総合的かつ柔軟な学びを展開しています。各分野の第一[…]

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