ワークショップ2は、信州大学・中島聞多教授をファシリテーターに、地域ゼロカーボンにつながる取組を行っている岡山県立大学と信州大学、2つの事例が紹介されました。いずれもそれぞれの地域特性を活かし、地に足の着いたプロジェクトです。ゼロカーボンが大学からの人材輩出とどう関わるのか、興味深い発表が続きました。
「吉備の杜」創造戦略プロジェクト ──水の循環を再構築し、木による地球環境保全へ
はじめに発表を行ったのは、岡山県立大学による「吉備の杜」創造戦略プロジェクト。デザイン学部建築学科の向山徹教授はまず、自然界における水の循環と森の重要性を説きました。100年育った木は100年以上使える木の住まいにしたい、と自身の専門分野を元とした思いがあります。しかし放置された人工林が大きな問題となっていて、保水力や地盤強度の低下などで洪水や土砂崩れを引き起こした中国地方の災害を紹介しました。
そして、江戸時代に岡山藩が行っていた水利事業と、建築奉行だった津田永忠の功績をひもときます。津田永忠は後楽園の構築などで知られる人物で、閑谷(しずたに)学校という庶民が学べる学校にも関わりました。ここでは雨水を空に返す工夫が随所に見られます。また、水利事業では水の勢いを少なくしていく手法を採り、現代でもその効果は発揮されています。戦争のため周囲の森林が伐採されたときも閑谷学校の周りの森は残りました。いかに大切にされてきたかわかると、向山教授は説明しました。
さまざまな分野が統合されたプロジェクトたち
次に向山教授は、森林、地盤、木構造、環境デザイン演習が統合されたカリキュラムについての解説をしました。キャンパス内で森林学演習を行える恵まれた環境に加え、エンジニアウッドの演習、木構造学などの内容にも触れます。そして、外部との協働事例として、建設会社と行ったエネルギー試算によってニュータウンに必要な森林量を導き出すプロジェクト、ヨーロッパでの事例を研究している設計事務所と共に広葉樹の構造材を開発するプロジェクト、廃園となった保育園を杉材でリフォームし災害時には避難シェルターとしても稼働できるレストランといった成果を紹介しました。
また、今年度の卒業設計事例では里山再生計画として棚田の研究についての解説も行いました。棚田が果たしてきた役割、そしてその減少により生物多様性も減っていること、それらの課題を解決するために新たな発想による観測所や作業場、宿舎などを造る提案を行っています。その他、海草のアマモとプラスチックごみを原料としてバイオエタノールを製造し、それによって発電するプランなども紹介。「吉備の杜」創造戦略プロジェクトの「森林と建築と匠」プログラムが持つ多彩な側面を紹介しました。
地域のエネルギー・トランジションと大学 ──大学人が果たす役割とは
次の事例発表は、信州大学の茅野恒秀准教授による「地域のエネルギー・トランジションと大学/大学人の役割」です。ゼロカーボン、脱炭素社会を、地域として大学としてどう考えるかがテーマ。「足を使った」調査が大きな特徴です。上田市の、住民の信託金で太陽光発電事業を運営する取組への聞き取り調査では、「参加の敷居が低い」「おもしろい」という意見を汲み上げました。また、安曇野市で薪ストーブユーザーの全戸調査を実施。約4万世帯の市内全住宅を現地で目視調査し、1640軒の使用世帯を割り出しました。薪の地産地消を通じ里山再生計画に活用しています。地域ゼロカーボンに向けた試みを、学生が現地で実感できるというわけです。
地域社会との連携を大学が牽引
長野県ではゼロカーボン戦略として、温室効果ガスを2030年度に6割減、2050年度にゼロ。再生可能エネルギー生産量や最終エネルギー消費量も大幅減の目標を立てています。茅野准教授は、県内の経済を上向かせつつエネルギー転換を行っていくための課題解決には、産官学金の連携が不可欠と続けました。市町村や地域、各産業分野で課題を洗い出し、再生エネルギーを無理なく導入していくことが必要です。そこで重要なのが、大学の存在。地域社会とネットワークを持つ教員が出向いていくと、話を聞いてくれ納得もしてくれるといいます。「ステークホルダーの間を走り回り、自らプラットフォームになる」ことで大学は地域を牽引していけます。つまり、産官学金をつなげられるポテンシャルを持っているということです。
また、ドイツ・ヘッセン州北部のカッセル大学にある分散型エネルギー技術研究所を紹介。地域の中心となってネットワークを組織し、地域企業人が大学で学位を取るなどのアクションに発展していくことができればと述べ、県内各地での動きを紹介しつつ地域ゼロカーボンを進める機運が高まってきていると結びました。
大学の内外から優れた人材を輩出できれば
最後に行われたディスカッションでは、学校における断熱文化を進めていく重要性を向山教授が発言。茅野准教授は、大学教員が外へ出て地域とのコミュニケーションを取ることは大切だが、必ずしもプロジェクトリーダーにならなくてもよく、さまざまな人的資源を活用すべき。中島教授は、環境との共生で長野は先進地域であり、自然とうまく付き合ってきた遺産がある。それが地方に学ぶ点であることを強調しました。
制度や仕組みを整えるため、大学もリードしていく必要があります。また、企業側からぜひ学生と一緒にプロジェクトをやらせてほしいというオファーを受けたケースも伝えられました。
地域ゼロカーボンのあり方を日本から発信するためのヒントが、このワークショップの中で数多く語られていました。