駒沢女子大学は1927年、東京都世田谷の地(現在は稲城市に移転)に創立された駒沢高等女学院に源を発し、「正念(しょうねん)」「行学一如」を建学の精神として掲げ、十分に自己を実現し、新しい文化の創造的担い手となる人間性豊かな女性の養成を教育の目的として現在に至る。2025年4月から、時代に即した価値ある大学としての姿を求め、現行の人間総合学群を共創文化学部、観光文化学部、空間デザイン学部の3学部に改組する。この改組の背景や今後の展望について、安藤嘉則学長に話を聞いた。

 

共創文化学部、観光文化学部、空間デザインの3学部へ改組

 駒沢女子大学の現行の人間総合学群は、人間文化学類(日本文化専攻、人間関係専攻、英語コミュニケーション専攻)、観光文化学類、心理学類、住空間デザイン学類の4学類に分かれている。

「現在の人間総合学群は、4学類から成り、幅広く学ぶことができるという良さがあるのですが、一方で、受験生にとって学群・学類という枠組みはわかりにくく、大学を選ぶ際にも見つけにくいという声がありました。今回の改組で新しく設置する共創文化学部、観光文化学部、空間デザイン学部の3学部は、それぞれの専門領域を前面に押し出し、カリキュラムも各学部の特色を明確に打ち出せるように見直しをいたしました。従来からの人間健康学部、看護学部の2学部と合わせて、5学部体制にすることで、受験生の皆さんにとっても、自分の目指す学びのターゲットがすぐにわかる組織になったと思います。」

 今回の改組にあたり、学部名称には相当にこだわったという。

 駒沢女子大学の教育目的は『十分に自己を実現し、新しい文化の創造的担い手となる人間性豊かな現代女性を養成』(学則第1条)すること。これをベースに「未来の私を共に創る」をコンセプトとする共創文化学部をスタートさせる。共創文化学部は、近年、世界からの注目がさらに高まっている現代日本の文化ならびに「禅」をはじめとする様々な伝統文化の諸相とその価値を多角的な視点から掘り下げる「国際日本学科」、多様化する現代社会で生き抜くために必要なコミュニケーション力や実践的教養を学ぶ「人間関係学科」、人のこころの働きに関する専門的知見と技術を通して、他者とかかわる主体性と実践力を修得する「心理学科」の3学科から構成されている。共創文化学部における学びには、地域社会との連携や学生同士のデイスカッションなど、他者と協働して新たな価値を創り出すプロセスに参加する、そうした力を涵養するためのユニークなカリキュラムが随所に設定されているという。

 観光文化学部 観光文化学科は、今回の改組による学部化に伴い、これまでに展開してきた「文化的現象としての観光」と「実務からみた観光」とを有機的に結びつける学びをより一層進化させ、インバウンドなどで活況を呈している観光およびその関連業界において、「新時代の観光文化の創成を担う人材の育成」を目指していく。国内外での研修やインターンシップ、留学などを通して、実践的な力を身に付けるカリキュラムが組まれていることも観光文化学部の特長である。

 そして、空間デザイン学部 空間デザイン学科は、学部への昇格を機に、建築デザイン、インテリアデザインの2つのコースを設置し、「まちづくり」からディスプレイデザイン(空間演出)等にまで至る、あらゆる空間のデザインに関する幅広い知識と技術を学ぶ機会を提供する。実は今回の改組以前から、駒沢女子大学には建築やデザインを学ぶ学科組織があり、「文系から建築・インテリアが学べる女子大のパイオニア」として20年以上の歴史を誇る。提携企業との産学連携プロジェクトも盛んだ。こうした実績を発展的に継承し、生活者の目線で社会とくらしの環境を持続的かつ創造的に発展させるための知恵を育むこと、それが空間デザイン学部における学びの姿勢であるという。受験生のニーズを考慮した10名の定員増も注目されるポイントである。

 「従来通りしっかりと建築を学べるカリキュラムは維持し、建築士受験資格(一級、二級)の取得も可能ですし、さらに、室内インテリアや、環境デザインなど、建築だけにとどまらないさまざまな空間デザインも学ぶことができます」と安藤学長はいう。

ジェンダーが注目される今こそ、女子大の意義はある

 ジェンダーレスやジェンダーフリーが叫ばれているが、そのような状況下だからこそ、女子大の良さが際立つのですと安藤学長は話す。

「ゼミやクラブ活動での学生、あるいは学園祭実行委員の学生など、さまざまな学生たちを見ていると、学生同士がそれぞれの意見を主張し、お互いにコミュニケーションを取りながら、一丸となってのびのびと活動している。グループによっては、リーダーを中心とした指揮系統も確立されていたりしてね。女性だけのコミュニティだからこそ、大学生のうちから積極的な考えを発信する機会やリーダーシップを発揮する場をつくれているのだと思います。世界経済フォーラムが毎年発表しているジェンダーギャップ指数の順位は、2024年のデータで日本は118位。ジェンダーギャップの面では日本は後進国、それも後ろのほうの国になってしまっています。そういう状況を改善するためにも、自立した女性を育てる女子大の意義というのは絶対あると考えています」

 自立した女性に憧れる中学生や高校生は多い。事実、オープンキャンパスでは、駒沢女子大学に通う学生が運営の一部を担っているが、スタッフとしてきびきびと動く同大学の学生たちの姿に憧れて受験するケースもあるという。

道元禅師の教えを基盤とした教育を実施

 駒沢女子大学は、曹洞宗大本山永平寺の二祖国師孤雲懐奘禅師650回大遠忌の記念事業として創立された駒沢女子高等女学院に源を発し、2027年には学園100周年を迎える。ちなみに曹洞宗系の大学は、他に、駒澤大学、愛知学院大学、東北福祉大学、鶴見大学がある。これらの大学は曹洞宗の僧侶を養成する教育課程(仏教学部や仏教専修科)があるが、同大学の場合は、僧侶(尼)を養成する教育課程は置かず、あくまでも道元禅師の教えを教育に生かし、情報化、多様化が叫ばれる現代社会において十分に自己を発揮できるための教育の場となっている。

 建学の精神は、道元禅師の教えにもとづく「正念(坐禅で物事を正しくみつめてとらえていく)」と「行学一如(実践すること(行)と学ぶこと(学)を一体化させること(一如)」であり、「正念」で確立された自己において、大学で学んだ知識や技術を日常生活で生かすことがモットーとされ、仏教の講義や仏教行事(花まつり等)もある。全学部生必修の仏教学は、安藤学長も担当し、坐禅の仕方や仏教思想などを学ぶ。また、毎年12月1日から8日まで(日曜を除く)7日間には、早朝に坐禅を行う「摂心会(せっしんえ)」が開かれ、毎年多くの学生や教職員、地域住民などが参加している。

 ちなみに仏教系の4年生女子大学としては、同大学は東日本では唯一の大学になる。

禅が現代社会に発信するメッセージとは

 坐禅や瞑想、ヨガ、あるいは、御朱印ブームなどの影響で、仏教や寺院が、親しみやすくなってきた感はあるものの、依然としてお葬式や法事といったイメージにとらわれ、仏教や寺院と距離を置く、あるいは置こうとしている人も多い。ただ、仏教が2500年もの長きにわたり発してきた教えには、時代や民族の壁を超える普遍性があり、それが現代社会においても影響を与え続けていると安藤学長は話す。

「坐禅や禅の考え方は、我々が想像する以上に西欧では広く知られているのです。たとえばシリコンバレーにあるGoogleの本社では、多くの社員が自分のタイミングでメディテーションルームに行き、マインドフルネスという瞑想を行っています。マインドフルネスは、仏教の瞑想に源を発し、多様な宗教の壁を超え、現代に生きる人々のストレスを軽減、解消させる有効な療法です。これを開発したジョン・カバットジン(マサチューセッツ大学)という人は、その著書で鈴木大拙と鈴木俊龍という二人の日本人の名を挙げ、道元禅師の言葉も引用して多大な影響を受けたと述べています。マインドフルネス開発の原点には日本の禅の思想と実践があったのです。Googleではこれをサーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)として独自にプログラム化しており、この瞑想プログラムが今日本の企業の社員研修にも取り入れられています。また、Appleの創業で知られるスティーブ・ジョブズも、サンフランシスコ禅センターを開いた鈴木俊龍に直接参じ、その弟子の乙川弘文について参禅して、乙川師に永平寺で修行することを申し出ています。」

 ちなみにジョブズやジョン・カバットジンに影響を与えた鈴木俊龍は、20世紀に英語によって禅思想に関する本を多数執筆し、日本の禅文化を海外に紹介した仏教学者の鈴木大拙(だいせつ)とともに、アメリカでは「二人の鈴木」として知られているという。

今を大切に全力で生きてほしい

 仏教は一般の人たちにとって身近ではないように思われているが、安藤学長は、日々の生活を生きる私たちに大切なメッセージを投げかけているという。そして『般若心経』などに説かれる「空(くう)」という仏教思想に注目してほしいと話す。

「たとえば『般若心経』の「色即是空」という経文などは、意外と私たちの身近なところに登場しており、たとえばアニメ『クレヨンしんちゃん』の家の床の間には「色即是空(しきそくぜくう)」の掛け軸がかけられています。この「色即是空」(色は即ちこれ空なり)という経文の意味は、もの(仏教語で「色」)は「空」に他ならない」ということですが、この「空」という言葉に深い意味が込められています。」

 なかなか難解な言葉のようであるが、つまるところ「空」とは、私たちは変わらない実体を想定して当たり前に過ごしている私たちに反省を促す言葉のようである。安藤学長は話を続ける。

「たとえば一人の人間、たとえば私、安藤嘉則は66年以上生きてきていて、その間、変わらない「安藤嘉則」という実体があるような気もするけれど、そんな変わらぬ実体として「安藤」はどこにもないのだ、というのが「空」が意味するところです。確かに「変わらぬ実体として安藤」などというのは、どこにもありません。私という存在は、一瞬一瞬、血液が体をめぐり、呼吸をし、気持ちも移ろい、常に変化し続けている、そういう事実があるだけです。十分前の私と今の私は99.9%同じようであっても、やはり違います。「空」の視点からみれば、私、安藤はこの瞬間でしか生きておらず、昨日の私は死んでいると比喩的にいえるのです。しかし人は過去の悲しい経験(いじめや病気など)を抱え込み、トラウマなどといわれるように過去が今の私を支配したり、その一方で人は過去の栄光にいつまでもしがみついていたりします。それはいわば過去に生きているのです。「空」という言葉はネガティブなイメージがありますが、けっしてそうではありません。大切なのは今を息づくこの私なのであって、この瞬間を精一杯生きようというエネルギーを「空」は与えてくれるのです。」

 スティーブ・ジョブズは、2005年にアメリカ、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの中で、17歳の頃「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉に出会い、それ以来、毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしていると語った。それは今日が最後の日と思い切ることによって、かけがえのない今を見つめようとしたのだろう。ロックバンドのOasisは「Be Here Now」という曲を作っている。「今をいきる」という考え方は、キリスト教が多い欧米人の間でも共感されるになっているのかもしれない。

「80年生きるとして、日にちを計算すると約29,000日。今日という日の物理的なモノサシでとらえると、29,000分の1なのでしょう。しかし生きているというのは、本日ただいまだけ。今日というこの日は、二度と来ません。仏教的に考えると、今日という日の価値は29,000分の1ではないのです。だから、かけがえのない今を大切にして今日を全力で生きてほしいし、日々の人との出会いも、まさに一期一会として大切にしてほしいのです。私は、学生たちにこの大学で仏教のこうした真髄を学び、その普遍的で、大切なものを学んでほしいのです」

 道元禅師が世界に影響を与えた例は数多くある。ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーの『存在と時間(Sein und Zeit)』は、道元が『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』に記した「有時」の影響を受けているという。

 禅、人間の心理、生と死……。こうした生きるための本質的なものを学べる環境は、今回改組される3学部だけでなく、食や健康を学ぶ人間健康学部、看護師を目指す看護学部も含め、すべての学生にとって有意義なものとなるだろう。3年後に学園創立100周年を迎える駒沢女子大学。節目の時期に合わせて、更なる改革の構想もあるようで、これからも目が離せない。

駒沢女子大学 駒沢女子短期大学

安藤 嘉則 学長

1981年東北大学文学部哲学科卒業。1988年東北大学大学院印度学仏教史専攻博士課程単位取得修了 。(財)東方研究会専任研究員、曹洞宗宗学研究所所員、駒沢女子短期大学専任講師を経て、2000年駒沢女子大学人文学部教授、2008年同大学院人文科学研究科長、2011年学校法人駒澤学園理事、2018年駒沢女子大学看護部教授を歴任。2020年より現職。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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