今夏、20年ぶりに新紙幣が発行された。1万円札の新たな肖像画は、深谷市出身の渋沢栄一。近代資本主義の父と言われる渋沢だが、設立に関わった企業数はおよそ500社に及び、うち186社は今もなお存続し日本の経済・社会に貢献している。

 埼玉県深谷市にある埼玉工業大学の人間社会学部情報社会学科、本吉裕之研究室では、小島進・深谷市長から新商品開発の打診があり、新紙幣の発行にあわせ深谷市出身の渋沢栄一の功績を広く伝える商品として「渋沢栄一翁が関わった企業 百社一首」(商標登録申請中)を制作する渋沢栄一翁プロジェクト「百社一首」を2023年10月に発足させた。

 今回、プロジェクトを主導した本吉裕之准教授と、研究室の4年生、小栁明日香さん、黛杏奈さん、関口心太朗さん、竹内直矢さん、青木貴紀さんに話を聞いた。

緊張しながらも、186社へアプローチ

 まずは、ゼミの中で様々なアイデアを持ち寄り、その中から着想を得て「百人一首」になぞらえた「百社一首」という企画に決まった。

 東京商工会議所の資料より、渋沢が設立に関わったとされる企業186社へ学生自身が窓口を調べ、問い合わせフォームやメールで企画趣旨や内容を伝え参加を依頼した。

 当時、まだ就職活動に入る前だったこともあり、メールひとつ送るにしてもとても緊張したという。
小栁さんは「メールを送る際には、先生や研究室の仲間に相談して失礼のないように、本当にうまくいきますようにという一心で送っていました」とその時の心境を話してくれた。

 11名の研究室のメンバーで進められた本プロジェクト。意見がぶつかり合うというよりも、メンバー同士で話し合い、助け合って進めていった。そうした関係性は、3年生の夏のインターンをきっかけに深まっていた。

 「3年生の夏に福島県の只見町で1週間、トマトの収穫をするインターンがあります。一緒に泊まって、収穫して、ご飯を食べ、長い時間を共に過ごす中で、いろいろな話をしてお互いを知ることができたのが、今回のプロジェクトのよいコミュニケーションにつながったと思います」と黛さんは振り返る。

調べて、考えて、細部にもこだわり制作

 もちろん、今回すべての会社を掲載できたわけではない。参加を辞退する返信もあった。それでも、一社一社丁寧にアプローチした結果、参加企業は66社となった。

 参加を表明してくれた企業からの「楽しみで早く買いたい」というようなコメントに励まされ制作に取り組んだ。

 読み札の制作は学生自身が行った。渋沢栄一の軌跡をたどり、1社ごとに企業との関わりを調べ、その企業の歴史や将来像などを踏まえて短歌を制作し、各社へ数案をプレゼンテーションした。提案した歌がそのまま採用されることもあれば、幾度となく修正を求められることもあり、制作期間は約7カ月に及んだ。

 秩父鉄道の「せいえん」と「青淵(渋沢栄一の雅号)」や、IHIの「愛と叡智(IとH)」といったように、歌の中に掛け言葉を入れる遊び心も盛り込むなど、より楽しく企業理解ができるようになっている。

 取り札の表面には企業のロゴマークを入れ、裏面に渋沢と企業にまつわる解説も載せた。外箱の題字は、公益財団法人渋沢栄一記念財団・渋沢史料館の協力により渋沢栄一の文献から自筆の文字を抽出、デザインは1928年(昭和3年)発行の「論語と算盤」の装丁をオマージュしたものにするなど渋沢栄一へのリスペクトが表われている。

プロジェクトを通して成長する学生たち

 初版は、2000セットを用意したが、完売も目前となった。

 「もちろんたくさん売れた方がよいのですが、もしこれが全然売れなかったとしても、学生にとっては、そこにたくさんの学びがあるわけです」と本吉准教授は言う。

 「先生は、失敗していいよ。失敗して学んでいけと、本当に様々なことに挑戦させてくれて、自分自身も成長を実感しています」と、竹内さん。充実した学びがあることをのぞかせた。

 今回のプロジェクトに関わった、現在4年生の学生たちは、高校生のときから新型コロナウイルス感染症の影響で、入学してからの1、2年次は友人もなかなか作りづらい状況の中にあった。本吉准教授は「彼等には、いろいろな経験をさせてあげたいと考えていました」と話す。

 しかし、このプロジェクトをはじめ、さまざまな経験を通して本吉研究室の学生たちの成長ぶりには、目を見張るものがある。

 「プロジェクトでやってきたことをそのまま話すだけで、企業の方に興味を持っていただくことができました」と、青木さんは就職活動で希望の企業から内定をもらった。

 関口さんは「1、2年の頃はコロナ禍ということもあり、大学生活をあまり楽しめていなかったのですが、3年になって本吉研究室に入り、学ぶことが楽しくなりました」と、嬉しそうに話してくれた。

 発売が決まり参加した企業からの祝辞も多く届いた。自社のホームページで「百社一首」について紹介してくれる企業もあり、よい波及効果もでている。

 「最初に問い合わせをした時は不安な気持ちもありましたが、一大学生の言葉もちゃんと企業に届くことを、身をもって実感することができました」と話す黛さん。SNSやイベントで目にしてくれたお客さんから「もう持ってるよ」などの嬉しい言葉をかけられることもあるという。

 今後、本吉研究室では「百社一首」アプリの開発、また深谷市渋沢栄一政策推進課・深谷商店街連合会と協力し「百社一首」大会の開催などを予定している。

 「百社一首」は1セット2,750円。今回、印刷を担った「たつみ印刷」の特設サイトや深谷市の「道の駅おかべ」「道の駅はなぞの」などで販売中だ。「百社一首」の販売利益は、深谷市の「ふっかちゃん子ども福祉基金」に全額寄付される。

 「百社一首」には、日本を代表する錚々たる顔ぶれの企業名が並んでいる。
それは、渋沢栄一の偉大さ、参加企業の協力とともに、何より今回このプロジェクトを推進した学生たちの頑張りに他ならない。プロジェクトの今後の展開はもちろん、本吉研究室で力をつけ、社会へ飛び立つ学生たちの活躍に期待したい。

「百社一首」参加企業(五十音順)
1.株式会社IHI、2.株式会社秋田銀行、3.アサヒビール株式会社、4.王子ホールディングス株式会社、5.オーベクス株式会社、6.オーロラ株式会社、7.科研製薬株式会社、8.株式会社カネボウ化粧品、9.関西電力株式会社、10.九州電力株式会社、11.株式会社京都ホテル、12.一般社団法人共同通信社、13.麒麟麦酒株式会社、14.クラシエ株式会社、15.株式会社群馬銀行、16.KDDI株式会社、17.西部ガスホールディングス株式会社、18.サッポロビール株式会社、19.サムティ・ホテルマネジメント株式会社(旧サントーア)、20.株式会社JTB、21.株式会社時事通信社、22.株式会社七十七銀行、23.澁澤倉庫株式会社 24.清水建設株式会社、25.常磐興産株式会社、26.大日本印刷株式会社、27.太平洋セメント株式会社、28.秩父鉄道株式会社、29.中国電力株式会社、30.株式会社帝国ホテル、31.帝人株式会社、32.株式会社電通グループ、33.東亜建設工業株式会社、34.東海汽船株式会社、35.東急株式会社、36.株式会社東京會舘、37.東京海上日動火災保険株式会社、38.東京ガス株式会社、39.東京商工会議所、40.東京製綱株式会社、41.東京建物株式会社、42.東京地下鉄株式会社、43.東京電力パワーグリッド株式会社、44.東洋紡株式会社、45.日産化学株式会社、46.株式会社ニッピ、47.日本化学工業株式会社、48.日本製紙株式会社、49.株式会社日本取引所グループ、50.日本マレニット株式会社、51.日本郵船株式会社、52.箱根温泉供給株式会社、53.株式会社八十二銀行、54.東日本旅客鉄道株式会社、55.ふかや農業協同組合、56.古河機械金属株式会社、57.平和不動産株式会社、58.株式会社北陸銀行、59.北海道ガス株式会社、60.株式会社みずほ銀行、61.三井住友信託銀行株式会社、62.三井物産株式会社、63.株式会社三菱UFJ銀行、64.国立研究開発法人理化学研究所、65.りそなグループ、66.若築建設株式会社

埼玉工業大学 人間社会学部 情報社会学科 准教授・学長補佐・地域連携センター長・自動運転技術開発センター兼任教員

本吉 裕之先生

1975年東京都生まれ。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻(経営管理修士・MBA)修了。(TOP10%成績優秀者/Distinguished Student)
日本交通公社(現・JTB) 東京銀座支店、ドコモAOLビジネス開発部を経てプライムリンク(現・一休)。一休.com宿泊施設等への営業及び新サービスの企画・開発に取り組み、宿泊営業部長、市場開発部長などを経て、東北芸術工科大学デザイン工学部企画構想学科准教授。現在、埼玉工業大学人間社会学部情報社会学科准教授。学長補佐・地域連携センター長・自動運転技術開発センター兼任教員。

埼玉工業大学 本吉裕之研究室

「時間軸」視点による経営戦略・目的展開による新商品開発/新規ビジネス発想・地域経済の発展プロセスに取り組んでいる。現在、深谷商店街連合会をはじめ、福島県只見町、埼玉県美里町などと連携し、自走する地方創生を目指し、展開している。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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