朝のニュース番組で、お天気キャスターが「今年の夏は例年に比べて…」と言っているとき、馴染みのない電車に揺られながら、あと何駅で乗り換えるのかを確認したいとき、はたまた家電量販店で新しい掃除機を選んでいるとき。そんな日常の風景を想像したとき、私たちの頭の中に「図」が想起されたのではないだろうか。
「あくまでも本文の補助のように扱われている図表現ですが、それが持つ影響力は軽視できない。図だけを見て本文を理解した気になったり、間違った読み取り方をしてしまったりするケースは、皆さんも容易に想像できるでしょう」。
視覚的な情報は、言語による説明よりも分かりやすく、迅速に判断を下すための助けになる。教育・ビジネス・研究…どの現場でも図や表を用いたコミュニケーションが一般的な時代だが、時にはその図表現が誤解を招くこともある。そう指摘するのは、同志社大学文化情報学部の下嶋篤教授。下嶋教授は人々が感覚的に捉えがちな図表現を論理的な手法で解析し、図表現の有効的かつ正しい扱い方について長年研究してきた、日本でも数少ない「視覚表現研究」の第一人者だ。
多分野の研究が融合する文化情報学部の中で、下嶋教授は心理学、デザイン、数理論理学の観点から「図」を研究してきた。下嶋教授の話を聞きながら、数理論理学から捉えた図表現の働きについて考えてみたい。
図が思考に与える影響
現在、下嶋教授が取り組んでいるのは、説明の文脈における図の役割について。教授が最初に提示したのは、従業員ABCの3人全員が出勤できる日が何曜日になるか、それぞれの都合を口頭で説明され、頭の中で整理した場合と、図に起こした場合の分かりやすさの違いだ。「AさんとBさんは隔日で週3日働く、Cさんは木曜日と金曜日だけ働ける…そんな風に言語的な説明を聞き流すだけでは理解しにくいことがあります。一方で、適切に図示することで、その結論が明確に表されます。図は前提情報を整理し、自動的に結論を導く強力な機能を持っているんです。
下嶋教授は図の重要な特性として、前提を表示すれば自動的に結論が表示される点を指摘した。この特性を利用することで、論理的に理解しにくい情報も明瞭に理解できるようになるという。
つまり私たちの脳は、図を通じて論理的帰結を直感的に理解することが可能であり、この特性を利用することで、複雑な情報から自分の目的に合った情報を抽出できるのだ。しかし、それと同時に、図の持つこの特性は、ともすれば大きな誤解を生んでしまうことを忘れてはならない。
誤解を招く状況
「メルカトル図法で示された世界地図は、皆さんも馴染みがあるでしょう。有名な話ですが、あれは緯線・経線に対する角度を正確に表した図で、距離や面積の比率などは不正確です。しかしあの世界地図を用いて、国や大陸の大きさをついついイメージしてしまう。これはどの情報をエンコードしているか、つまりどのデータを地図の形式へ変換しているかを十分に意識できていないがゆえに起こる誤解です」。
例えば、原発を利用している国々を色分けで示す地図がある場合、アメリカやロシアの国土一面に色がついていたら、その面積の大きさから「原発は多くの国で広く使われている」と直感的に解釈する人が多いのではないかと下嶋教授は指摘する。実際には原発が集中的に存在する地域は限られているにもかかわらずだ。このように、視覚的なエンコーディングが紛らわしい場合、受け手は誤った結論に到達する危険性がある。
「前提を表示すれば結論が表示される」という図の特性が逆効果になる事例も多い。それは、図の内容が不完全な情報のもとに書かれることが往々にしてあるからだという。例えば、世界で最初に書かれた恐竜の絵は、動物を専門に描く画家が骨格標本という情報のみをもとに補完してエンコーディングしたものだという。実際の恐竜の色や質感は異なっていたはずだが、科学の進歩によって新たな解明が続く今でも私たちが想像する「恐竜」は、半世紀以上前の当初の「イメージ図」から大きくかけ離れてはいないだろう。
このように、限られた情報から作成された図が、読者・視聴者に誤った印象を植え付けてしまう可能性は非常に高く、こうした誤解を避けるためには、図表現のもととなった情報の正確性を強調することが重要だ。下嶋教授はそれを「読解範囲の特定」と呼ぶ。どこまでが正確な情報で、どこまでが推測で書かれたり大まかに描かれたりしているものかを明記するという行為のことである。
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