1950年に創立し、75周年を向かえる清泉女子大学。建学の精神に基づき、学生一人ひとりを大切にする教育を実践してきた。2025年4月に学部改組を行い、学問分野を横断する学びやオーダーメイドのカリキュラムを実現する。清泉女子大学はなぜ、これほどまでに「一人ひとり」に合わせた教育を重視するのだろうか。山本達也学長に、清泉女子大学の教育の在り方や今後の展望をうかがった。
2025年4月から学長に就任した山本教授。清泉女子大学の教育の進化に、熱意を持って準備を進めている
原点は建学の精神「キリスト教ヒューマニズム」
清泉女子大学の原点を辿ると、1877年に設立したスペインの聖心侍女修道会に行き着く。修道女たちが女性への教育を世界に広めていくなかで、1935年に清泉女子大学の前身となる「清泉寮」が開設された。教育内容は時代に合わせて変化を遂げてきたが、キリスト教ヒューマニズムに基づく教育、という本質は今も受け継がれている。キリスト教ヒューマニズムにはさまざまな解釈があるが、山本学長は次のように捉えているそうだ。
「本学の建学の精神は、キリスト教ヒューマニズムに基づいています。それは一人ひとりを大事にすること。『少人数』としてひとまとめにするのではなく、個々にきちんと向き合う教育を続けてきました。キリスト教では、すべての人間は神の意志によって生まれ、各人に神が与えた価値や役割があると考えられています。地球上で生きるすべての人には例外なく、かけがえのない人生を生きる意味があるということだと思っています。人によって得意なことや好きなことが異なるのは、それぞれが異なる役割を担っているからでしょう。人生を生きる意味が違えば、個性も違って当たり前です。何を学ぶのか(What)や、どう学ぶのか(How)は時代や環境によって変わっていくかもしれません。しかし、本当に大切なのは「なぜ学ぶのか(Why)」、そして学んだことを「社会でどのように活かしていきたいのか」だと考えます。だからこそ本学は、一人ひとりの学生と向き合い、その興味や関心を通じて自分の役割に気づくきっかけを与え、それぞれの価値を引き出すために伴走したいと願っています。これこそが、本学が担うべき社会的意義です」
同大学の建学の精神は「まことの知・まことの愛(VERITAS et CARITAS)」という言葉でも表現されている。「まことの知・まことの愛」については決められた何らかの答えがあるというより、各人がそれぞれの「まことの知・まことの愛」を追求し、体現できるよう努力する過程そのものが重要だそうだ。
「『まことの知・まことの愛とは何か』という問いは、善く生きるうえで重要な指針になるでしょう。変化の激しい現代社会では、何が社会課題なのかを見出し、解決策を探る能力が必要です。答えが出なくても、探究する過程そのものにも価値があります。ですから、学生たちには時代や環境の変化に合わせて、自分なりの答えにたどり着くまでの過程(プロセス)を、まるで旅路を楽しむかのように、歩んでほしいと思います。本学の教職員は、そんな学生たちの旅路を豊かなものにするサポートのためにいます」
清泉女子大学は親身になって学生一人ひとりに向き合う。小規模な大学だからこそ実現できる細やかなフォローだ
清泉女子大学の進化のかたち
2025年4月に実施した改組でも、建学の精神に立ち返った。一人ひとりを大切にする教育をさらに進化させるために、これまでの1学部5学科体制を2学部2学科体制へと変更した。
新学部のひとつは総合文化学部。日本文化・国際文化・文化史の3つの領域で構成される。言語・文学・歴史を軸に「文化」を通して、「人間」とは何かを考える。1年次には複数の分野の教員がオムニバス形式で講義を行う「総合文化スタディーズ」を実施。学生はプリンセス・ファッション・戦国の3つのコースから1つ選び、領域を横断しながら学び、学部内で扱う学問の幅広さを体感する。
「総合文化学部では『「好き」を「学び」に』をコンセプトに掲げています。「好き」なテーマを学問として探究し、「好き」なテーマだからこそ課題をやり抜く力や、論理的思考力、表現力などの汎用的な能力を身につけてほしいと考えています」
もうひとつの新学部は、社会課題を解決するための学際的な学びを展開する地球市民学部。地域共生・ソーシャルデザインの2つの領域で構成される。正解のない時代を生き抜くために必要な思考と表現の型「101のコンセプト」をはじめ、地域活性化、国際協力、観光、メディア、ビジネスなどの専門知識を習得する。また、フィールドワークやインターンシップなど「現場中心」のカリキュラムを実施し、国内外の地域や社会とつながりながら課題解決の道を探る。
「本学では人間と社会について考える教育を続けてきました。人間と社会はどちらも重要で、片方が欠けてしまっては成り立たないと思います。改組後はどちらかといえば総合文化学部は人間に、地球市民学部は社会にスポットを当てますが、分離したわけではありません。どちらも学ぶことで可能性が広がります。
改組前は5学科の境界が明確で、他学科の授業を履修できるものの、あくまでも本質は自分の所属している学科の内容でした。今回はこれを見直し、同じ学部の領域間を横断して学べるだけでなく、総合文化学部と地球市民学部を行き来して学べる構成にしています。地球市民学部の学生が総合文化学部で歴史を深く学んだり、総合文化学部の学生が地球市民学部の授業でフィールドに出たりと、お互いのよさを活かしやすくなりました」
都会にありながら落ち着いた環境のキャンパスで、全学生が4年間学ぶのも清泉女子大学の特長のひとつ。品川駅、大崎駅、五反田駅から徒歩圏内で好アクセスだ
横断的な学びをより効果的にするために、新たに基幹教育を設置し、学びの基礎を育てると共に、両学部をつなぐ「幹」としての役割も果たす。語学やデータリテラシー、キャリアデザインなど、分野に関係なく社会で通用する力を育むことに加え、女性と平和について考えを巡らせる「初年次ゼミナール」も開講予定だ。
「4年間かけて基幹教育が目指している学びの根幹となる確かな「幹」を成長させ、その上で総合文化学部や地球市民学部が用意する専門科目へと枝葉を伸ばしていくイメージです。分野が違っても、建学の精神に根ざした本学の学びの根と幹は同じだと実感させ、両学部のつながりを強化する役割も担っています」
全学生を対象に履修面談の時間を設けたのも進化のひとつだ。各学期開始前に専属のアドバイザーの教員と学生が1対1で顔を合わせ、それぞれの学びのステージに応じたオーダーメイドの時間割を考える。教員たちが情報を共有して的確なアドバイスをするために、複数の部署がヒアリングした内容を、複数の診療科がある大病院の電子カルテのような形で集約するコンピュータシステムも導入。人とデジタルの力を駆使して、一人ひとりに合った履修を組んでいく。
「入学したばかりの学生がいきなり時間割を組むことは難しいでしょう。また、『このテーマに興味がある方はこのモデルを履修してください』と枠に押し込んでしまうと、ニーズとかけ離れる可能性があります。なぜならそのテーマを学びたい理由は、一人ひとり異なるからです」
実行に移すとなると膨大な時間と労力がかかる履修面談。しかし、反対する教員は一人もいなかったという。
「本学ではキリスト教のシスターが教員をしていた時代もあり、人生をかけて学生たちに向き合う姿を身近に見てきました。その姿が受け継がれているからこそ、教員たちも学生一人ひとりに真剣に向き合うことが当たり前だと思っています。こうしたカルチャーが浸透している本学に、学部学科の垣根を取り払う改組を加えました」
新学部の新たな挑戦
改組ではディプロマ・ポリシーも見直した。専門的な知識や理解は引き続き大切にしつつ、思考力や協調性といった汎用的な能力を伸ばすことにも力を入れる。
「誤解を恐れずに言うなら、改組後の教育では汎用的な能力の育成をメインにしています。学びの過程で得た力を将来のキャリアにつなげることを重要視しました。例えば、総合文化学部で『源氏物語』について学ぶとして、伸ばせる能力は専門知識だけではありません。古典を探究していく過程で、問いを設定する力や追求する力が身につきます。こうした汎用的な能力は、どんな時代であっても人生を切り拓く力となるでしょう」
また、地球市民学部では女子大学として初めて国際協力機構(JICA)との連携派遣覚書を締結。在学中から、国費での海外協力隊参加が可能となる。国内でも在学中に給与をもらいながら地方の市役所でインターンをしたり、卒業後に総務省が出資する地域おこし協力隊に参加したりと、学生たちの金銭的負担を取り除いた上で挑戦できる機会を増やした。
「大学にいるからこそできる経験はたくさんありますが、近年は経済的な側面がネックとなり、挑戦を諦める学生も増えています。こうした現状を打破できるよう、学生たちの意欲や能力に応じて誰もがチャンスを得られるような環境整備にも力を入れたいと思っています」
新学部の学びを体験してもらうため、オープンキャンパスの模擬授業にも工夫を加えた。総合文化学部の「総合文化スタディーズ」のようにひとつのテーマについて複数の分野の教員が講義をする授業や、地球市民学部ソーシャルデザイン領域で扱う生成AI体験などを実施。大学での学びの入り口となる内容に触れ、「好き」なことや興味のあるテーマが学問の対象になることを体験してもらう。
「オープンキャンパスに参加した方には、『好き』を中心に置いて学んでも良いということに気づいてほしいです。学生たちのなかには、好きなことを口にするのは恥ずかしいと感じていたり、勉強とはつながりがないと思っていたりする人もいます。しかし、プロの研究者から見れば、どれも十分学問になりうるテーマです。本学は自分に正直にいていい場所なので、安心して『好き』を追求して過ごしてもらえたらと思います。オープンキャンパスではそうした本学らしい風土も感じてもらいたいですね」
幅広い「好き」に向き合える、清泉女子大学の進化した教育。山本学長も温かなまなざしで未来を見つめている
「まことの知・まことの愛」を体現できる人を育てたい
清泉女子大学の変化は学部改組だけではない。同大学を運営する学校法人清泉女子大学は、清泉大学などを運営する学校法人清泉女学院と2025年4月に合併する。学校法人清泉女子大学は解散するものの、清泉女子大学は学校法人清泉女学院の設置大学として存続する予定だ。運営体制の変化は、今後の清泉女子大学にどう影響するのだろうか。
「両法人は元々ひとつの組織だったので、今回の合併は『異なる場所でそれぞれに活躍していた家族が、再びひとつの家で暮らすようになった』といったイメージです。ですから今後は法人全体での教育がより実現しやすくなると期待しています。姉妹校の小学生たちと本学の学生とが一緒にプロジェクトに取り組んだり、長野にある姉妹校の清泉大学と共同で教育研究のプロジェクトを展開したりなど、学びの可能性や実践のためのフィールドが広がっていくと思います。同じ建学の精神を共有する姉妹校と共に、「清泉らしい教育」を体現していくために本学ができることがあれば喜んで協力しますし、清泉ファミリー全体での教育的価値の向上に向け、常に挑戦し続けたいと思っています」
教育を進化させるために、積極的に変化していく清泉女子大学。しかし輩出したい人物像は、設立当初から変わらない。
「『まことの知・まことの愛』を体現できる人材を育てることが、本学の使命だと感じています。例えば、一歩引いた場所から社会課題を分析するだけではなく、当事者として必要なときに必要な言動ができたり、「この人がいてくれてよかった」と思ってもらえたりする人物です。常に社会に関わり続け、自分自身の力で小さくてもいいから着実に社会に対してポジティブなインパクトを与えられる人を育てていきます」
本館(旧島津家本邸)で行う少人数の授業
周防大島フィールドワークで訪問した農家の方々との一コマ
最後にどのような高校生に入学してほしいかを尋ねると、「素直な人です」と山本学長は語った。
「素の自分に正直でいたい、自分の好きを素直に認めたいと感じている方に、本学はぴったりです。物事をわかったつもりで終わらせるのではなく、わからないことをわからないと認められるような素直さも大学で大きく成長するために重要な資質です。また、答えはまだわからないけれど人間や社会に向き合う自分は悪くないな、とか、自分の力で誰かの役に立ちたい、小さくても社会に貢献し続けたいと思える方にも入ってきていただけると嬉しいです」
清泉女子大学
山本 達也学長
地球市民学部教授。慶應義塾大学総合政策学部卒。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。専門は、公共政策論、民主主義論、情報社会論。シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター主幹などを経て、2008年4月より名古屋商科大学外国語学部専任講師として教員の道へ。2013年4月から、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授、2018年4月から同大学文学部地球市民学科教授に就任し、2025年4月1日より学長を務める。